新型のおとなこそ「愛と正義と言葉の力」

(こちらの記事は、マーケティングホライズン2021年1月号『新型でいこう』に記載された内容です。)

後世、2020年・2021年、そしてその先の時代を語るとき、新型コロナウイルスはどのように表現されるのでしょうか。何よりも強い力で暮らしや社会を変えたとされるのか。あるいは、ずっと以前からくすぶっていたものや芽吹いていたものを一気に顕在化させたきっかけであったとされるのか。また、そのさなかにいる昨年から今年にかけてのわたしたち一人ひとりはこの意味をどう消化していくのでしょうか。

政治や行政のどたばたぶりは今に始まったことではありませんが、ますます求心力と信頼性を失っていく一方、ここへきてますます一人ひとりの力に未来を託すしかない社会になってきたように思います。

未来のつくり手ともいえるマーケティングと、未来を担う生活者一人ひとりのこれからを考えたとき、そこに浮かび上がってきたのは一見古めかしく、しかしこのところ少々軽んじられていたのではないかと思えることがらでした。2021年、特に意識していきたいことを以下に三つ記します。

 


幻の平均像を捨てて愛ある想像力で理解する


 

今どきの平均的な日本人像ってどんな人でしょうか。そもそも平均的日本人像に意味を見出せるでしょうか。平均的な高齢者。平均的な家族像。いずれもイメージの中を除けば、もはやどこにも存在していません。都市部と地方、所得や教育における格差も拡大する一方です。単身者世帯は既に約35%であり、2040年には約4割になろうとしています。

既婚世帯においては約7割弱が共働き世帯で、3組に1組が離婚。女性の半数は既に50歳以上になりました。平均という言葉を持ち出した途端に「絵に描いた餅」度がぐっと上がること、間違いありません。

そうならないためにわたしたちは生活者調査を行うわけですが、この際も目の前の生活者に対して旧い先入観なしに真摯に向き合い、「今」を共有することが必須です。自分の頭の中にいつの間にか染みついているバイアスをつど更新させながら、上からではなく同じ目線の高さで360°観察していくことを心掛けたいものです。インサイト(洞察)は、質・量ともに十分な観察情報があってこそ生まれます。

本誌の読者はどうしたって現在の日本では「上の方」に属する働き盛りの方々が多いと思います。自分の常識・知力・体力や価値観とは異なる人たちが増えていること、そしてその人たちのボリュームが多数になりつつあることに対し、素直に向き合い、頭の中だけでなく心情的に「わかる」ことを腹落ちさせたいと思います。

 


正義と直感力から問いは生まれる



愛ある目線でお客さまと向き合いながら、増える一方の情報と向き合うときには直感力も磨いておく必要があります。大量の事実からどのように価値ある答えを導いていくか。何をもって正解とするのか。デザイン思考やアート思考が唯一絶対の正解を導き出すためのものではないように、そしてその思考が注目されている現状が物語っているように、わたしたちは目の前の情報に対して「ほんとうに?」「どうして?」「それはどういう意味?」と常に問いを投げかけながら読み説いていく必要があります。

そのプロセスのさなかは理屈による判断をしていては間に合いません。多様な情報のストックと問いにより目の前で生まれていく情報とが直感的に作用し合い、理解が形になっていきます。

そして、幸か不幸かその問いにこそ企業姿勢やブランド・コンセプトが意図せず反映されていきます。同じ情報を手にしても、その読み解きは企業やブランドにより異なって然るべき。揺らぎない企業姿勢やコンセプトから生まれる直感は強く、鋭く、そして信頼に足る判断を導き出します。

さらに、その企業姿勢やブランド・コンセプトが広義における「正義」に基づいていることが一層求められていきます。SDGsに対する取り組みもそのひとつですが、決してお題目ではなく、本気でそれらに取り組んでいるか否かが透けて見えるのが情報社会です。

政治や行政に振り回され、失望し、憤慨している一人ひとりの生活者に対して、せめて民間の立場にいる私たちは嘘偽りない態度で向き合い、正義と信念に基づく新しい生活価値を提供していきたいものです。

 


大人としての矜持を表現する



個人をターゲットにしているSNSやネット広告はもちろん、マスメディアとしてのTV・新聞の広告においても、あまりにえげつなく目を背けたくなるような表現が日常化しています。インパクトがあり、わかりやすくひと目で伝わるから、というのがその理由であったとしても、言葉もビジュアルもあまりに「きたない」 ものが増えすぎています。商品に対してもターゲットに対しても愛が感じられない広告が多く、悲しくなるだけでなく、何か大事なものを失ってはいませんか、と問いたくなるほどです。

仕事をする大人の姿を見て、そして大人の振る舞いを見聞きして子どもたちは育ちます。子どもたちは大人社会の忠実な鏡です。先進諸国の中で圧倒的に自尊心が低く、将来に夢を持てない子ども比率が高い日本。マーケティングに携わる本誌読者の方々は、新しい価値のモノやコトを生み出し、それらをより多くの人に届けることを仕事としていることでしょう。いわばマーケティングは未来をつくる仕事です。自分の親や子ども、あるいは大好きな人など、身近な人に自信を持って自らの仕事を語れるかどうか。

と、そんなことを書きつつも、目を背けたくなるようなあの広告がめちゃくちゃ売上に貢献しており、担当者はその意味で最高の仕事をしているとしたら、との思いもよぎります。もっとも、だからこそ本誌でも再三特集されている「アート」「アート思考」を時代が求めているのでしょう。アートや美しさとは、目に見えるものについてのみではなく、モノのありよう、コトの来し方、そしてヒトの姿勢に表れます。そして、その集大成である企業活動にも恐ろしいくらいに滲み出ます。

生きづらい社会の形成に加担するのではなく、より生きやすく、信じられる明日をつくること。幻の平均的ターゲットにではなく、顔の見える相手に向かって、思いを込めた言葉を届けること。そうしたことに知恵をつかっていけるマーケティングでありたいと思います。

昨年末からウイルスは変異種までもが取り沙汰されはじめた2021年。手探り状態の中、私たち大人は自らの知識と経験から得る解釈力を頼りに前に進んで行かなくてはなりません。先の冬至の日の木星と土星の大接近により、時代の大きな流れは不可視の価値が重視される時代に入ったとか。そうした価値をひとつでも多く生み出していけるような2021年にしていきましょう。

 

ツノダフミコ
株式会社ウエーブプラネット 代表
生活者調査・研究からのインサイト導出、コンセプト開発を多数ナビゲーション。生活の当たり前の中に潜む価値を言葉化していくプロセスを重視している。チームのインサイト導出力を高める協調設計技法Concept pyramid®やインサイト・インタビュー手法、エッセンスを的確に表現するための文章術研修も展開。

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