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アートをビジネスに活かす

(こちらの記事は、マーケティングホライズン2020年11月号『アートで変える!』に記載された内容です。)


アートという異次元



夕日が水平線めがけてゆっくりと腰を落とし、やがて見えなくなってしまう頃に出会える光と闇の境目。それを日本人は逢魔が時と表現しました。ささやかな照明しかなかった昔の人にとっては、日没後の暗闇はとても警戒すべきものだったに違いありませんが、現代に生きる私にとって、この逢魔が時は「訪れる闇に目が慣れずに一層暗く見えるわずかな時間、現実の世界と異次元空間とが繋がり魔物に出会ってしまう」そんな空想を駆り立てられる洒落た言葉に感じてしまいます。

多くのビジネスパーソンにとってアートは、逢魔が時に出会いそうな存在なのかもしれません。けれどももし、アートという異次元とつながり、思考の化学反応を起こす事で、従来の発想の枠をはみ出したアウトプットが出来るとしたら、むくむくとアートに興味が湧いてきませんか?

 


ビジネスで結果を出すために注目するポイント



日々仕事を行うにあたり、私が一番大事にしているポイントは、お客様の満足度を最大化する事にあります。それは、相手が企業様であれ、個人様であれ変わりません。お客様ごとに依頼内容やヒアリングで受け取る事の出来る情報にはだいぶ差がありますが、成果物に満足していただけるか否かの鍵を握っているのは常に共通していて、それはお客様の潜在的欲求をどれだけ満たせたかという事だと感じています。

お客様が自分でもはっきりと意識していない欲求の解決策を成果物に盛り込むためには、ヒアリングで聞いた事だけでなく、そこから見えざる欲求を発見する力が必要になります。それには想像力をフルに使って、以下の様に思考を膨らませていく事が大切です。

• ヒアリングで出てきた言葉とそのトーンから、そこに出てこなかった言葉も感じ取る。
• 要望内容のちょっとした矛盾や違和感から、お客様の本当の感情を汲み取る。

この様な思考をきっかけとして完成させた成果物には、顕在的欲求だけでなく、お客様自身も気がついていなかった潜在的欲求を解決する力があります。

うまく言葉には出来なかった事が目の前に現れた時のお客様は、およそこんな風に言ってくれるでしょう。
「そうそう、これが欲しかった!」

 


2つの思考



では、前述の“潜在的欲求を探り当てる思考”についてもう少し詳しく述べたいと思います。

クリエイティブな事に集中している時の思考を一言でいうのなら、元気な子供の様に全く落ち着きがありません。あっちへ行ったりこっちへ来たり、来たと思ったらまたどこかへ飛んで行ってしまったり。またある時は、じっくり一つの事を考えている時になんの前触れもなく計算をすっとばしていきなり答えが出てきたり。そんな瞬間がちょこちょこと訪れ、きれいに整理された理論的思考とはかけ離れています。

この落ち着きのない思考をわかりやすく説明するために整理すると、大きく2つに分類できます。1つは、違うテーマについて次々と切り替わっていく思考。そしてもう1つは特定のテーマについて深くどこまでも掘り下げていく思考です。私は前者を「線香花火の思考」後者を「井戸掘りの思考」と呼んでいますが、これらをアート思考と呼ぶのかもしれません。

お客様へのヒアリングで得た情報を基に自由に発想を広げて、脳内宇宙にいくつもの発想の星を作っていきます。その星々の大半は流れ星のように光りながら儚く消えていきますが、消えていった星から連想ゲームにようにつながって、また新しい星が生まれてきます。それは、パチパチと光って消えてゆく線香花火のようなイメージの思考です。

やがて線香花火の思考の中で生まれた星の中には、消えずに大きく成長するものが出てきます。消えゆく星のなかで一際目立つその星への興味が強くなり、欲求の赴くまま深く深く掘り下げたくなります。そうなったら気の済むまで掘り下げて、どこまで深く掘ってきたのか分からなくなる位夢中になった頃、遂に地下深くに眠っていた清らかな水に出会います。キラキラと光る水面に手のひらを沈め、そっとすくうその水こそが潜在的欲求を満たすアイデアです。

線香花火の思考は横への広がりを、井戸掘りの思考は縦方向の深さを作り、2つが影響しあいながら立体的な広い思考空間を作ります。互いに絡み合い、ぶつかり合いながら、化学反応を起こし普段の発想の枠を超えた成果物をもたらしてくれるのです。

逢魔が時に出会う魔物の様によく分からない存在のアートが異次元にあるとするのなら、それと繋がる方法が上記の様な思考であり、その力は誰もが既に手にしているのです。

「13歳からのアート思考/ダイヤモンド社」で末永幸歩氏はアートを植物に見立て、絵やオブジェ等の作品を花に、それを創るための思考を根っこに例えました。その根っこを育てる方法こそがこの思考に他なりません。

 


ビジネスにアートの力を



深くもバラバラな思考の果てに出来上がったものは、それが企画書であれ、プロダクトであれ、自分でもびっくりする位の安定感を持っています。あなたは、そんな創造力が自分の中から湧いてきた事に驚きながらも充実感に満たされるでしょう。それがアートの力です。

最後に1つ事例を紹介したいと思います。私がデザイナーになりたての頃から現在に至るまで、お客様の口からしょっちゅう聞く言葉があります。それは「シンプル」です。「シンプルな形」「シンプルな雰囲気」「シンプルな色使い」など今までに何度聞いたかわかりません。ですが、この言葉が出た時は頭の中の傾聴アンテナをピピっと立てて注意深くお客様の欲求を探る様にしています。

なぜならこの言葉はとても曖昧に使われているので、安易に解釈するとお客様が希望していたものと全くかけ離れたアウトプットが出来上がることになってしまうからです。

過去に失敗もありました。私が思うシンプルな指輪の代表格はドイツのブランド“ニーシング”が作る宝石をテンション留めしたものです。これには、通常宝石を固定する“爪”と呼ばれる部分がなく、金属の持つバネ性だけで固定しているので、非常にシンプルな外見をしています。

“シンプルなデザインのリング”とお客様に言われて、私は自分の中のシンプルな指輪であるニーシングのように、無駄を削ぎ落としたデザインを意気揚々と提案しました。ですが、その時のお客様の反応が芳しくありませんでした。何が違うのか探るために話をお聞きしていく中で、お客様が言ったある言葉に傾聴アンテナが反応しました。
「もっと、こう、オーダーで作るのだから」

この短い言葉で悟りました。お客様は、せっかくオーダーメイドで作るのだから他とは違う何かが欲しい。他の人と絶対かぶらないデザインにして欲しいと思っていたのです。それがたとえ一般的に「シンプルなデザイン」とは言えなかったとしてもお客様の欲求に応えるデザインが正解なのです。自分の思い込みで思考するのではなく、前述の2つの思考を駆使し、お客様の脳内に入り込んで考えていることを全部知るつもりで発想しなければ、潜在的欲求には応えられないのだと痛感したエピソードです。

ザ・ニーシングリング ラウンドニーシング
niessing.jp

前田  朋子  (まえだ  ともこ)
ケレン株式会社 代表取締役 / 産業能率大学 非常勤講師
東京藝術大学美術学部工芸科彫金専攻卒
「手のひらにのる幸せ」を創造するアーティストであり、ジュエリー職人であり、経営者。日本の伝統工芸技法を用いたジュエリーブランド”KELEN”(2009年〜)とサスティナブルジュエリーブランド“Asha”(2020年〜)を運営。また、日本医療科学大学リハビリテーション学科と共同で障害者向けアクセサリー補助金具を考案し実用新案を取得(実用新案登録第3197869号/U3197869)、その製造を障害者に委託するなど社会的活動も行う。

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