DXとは、熱狂的なファンをつくるための 一つの手段

(こちらの記事は、マーケティングホライズン2020年9月号『DXの虚と実 Do or Die?』に記載された内容です。)


CRISP SALAD WORKSのこと



私たちは東京を中心に、カスタムサラダ専門店「CRISP SALAD WORKS(クリスプサラダワークス)」を展開しています。今でこそ店舗も20店舗近くまで増え、都内ではそれなりに知っている人も増えてきましたが、2014年12月に麻布十番に1号店を開業した時に手元にあったのは、数百万円の自己資金と東京都の制度融資で借りた1000万円弱のみでした。

私が社長兼店長で、あとはアルバイトが数人いるだけの、よくある脱サラ飲食店のような、会社という形式はとっているものの実質的には日本全国どこにでもあるような個人商店にすぎませんでした。

私自身も高校卒業から20年間ずっと飲食の現場で働いてきたので、テクノロジーともマーケティングとも全く接点がありませんでした。経歴だけなら高卒・現場上がりという、日本の中小飲食経営者の王道だと思います(笑)。

今日はそんな私たちがなぜこの数年でテクノロジーへの投資に大きく舵を切り、自社でエンジニアを採用してシステム開発を行い、飲食店にも関わらず売上の70%近くがモバイルオーダーアプリやセルフレジといったデジタル経由のチャネルで発生するまでになったのかご説明します。それと同時に、私たちの今後のビジョンを少しだけお伝えできればということに加え、飲食業界の魅力とこれからの伸びしろを感じてもらえたら嬉しいなと考えています。

私たちは創業から「熱狂的なファンをつくる」というミッションを掲げ、「お客さまのことを知ることこそが顧客体験の向上につながる」という考えから、デジタルシフトを積極的に進めてきました。

当時日本の飲食店では誰もやっていなかったモバイルオーダーを2017年に自社開発して導入したのも、自社オリジナルのセルフレジとモバイルオーダーを組み合わせた完全キャッシュレス・レジレス店舗を展開しているのも、全ては「熱狂的なファンをつくる」というミッションを実現するための入口として、お客さまをオンライン化することが目的です。

現在では CRISP SALAD WORKS のキャッシュレス比率は85%を超え、6万人以上のアプリユーザー・50万件以上の購買データの蓄積を活用して、今後より一層お客さまとの全てのタッチポイントを強化し、より多くの熱狂的なファンをつくりたいと考えています。(下図参照)

 


これからの飲食店の価値



成功する飲食店の3つの要素として、昔から「料理」「人(スタッフ)」「箱(内装・デザイン)」があると言われていますが、私たちはインターネットの出現によりその3つのうちの2つはもはや競争優位性ではなくなっていると考えています。

一つ目の「料理」ですが、インターネットを通じたレシピのオープンソース化や料理を科学する人たちの出現により、現代はいまだかつてないほどに美味しい料理をつくったり、それを再現したりするのが簡単になっています。

もちろん美味しさを追求する道は今もありますが、私も含めて大多数の消費者は90%の味と92%の味の差を味覚で判断することはできませんし、誰でもある程度努力すれば90%以上の味を作れてしまう時代です。

そうすると、腕時計が正しい時間を表示することに誰も競争優位性を感じないのと一緒で、近い未来ではほとんどの店で料理のおいしさ自体は競争優位性にはなり得ないと言い切ってしまっても良いと思います。時計が1000分の1秒単位で正確かどうかというのは、作る側にとってはきわめて重要で大変なことだと思いますが、消費者からすると一部の人をのぞいて気にはしないでしょう。

「箱」についても同様で、インターネットで世界がつながって流行が消費されるスピードが圧倒的に加速した結果、世界中の面白いアイデアを誰かが長い間独り占めすることはできなくなりました。当然、業態や内装、アイデアはこれからも重要ですが、これも競争優位性ではなく飲食店が生き延びる上での最低条件になったと考えています。

そんな中、3つの要素の中で私が最後まで飲食店の競争優位性として価値が残ると考えているのが「人」です。例えば夜遅くにスーツ姿のお客さまが来店した時に「まだ仕事だったんですか?大変ですねぇ、、遅くまでお疲れ様です!」といった他愛も無い会話を店員さんがしてくれるだけで、その店のビールが400円でも600円でも気にならなくなってしまうかもしれません。

少なくとも現代のテクノロジーではペッパーくんに言われてもお客さまの心は動かなさそうですから、まだ人間の優位性がある部分だと思います。

そして、飲食業界にはそんなちょっとした人の笑顔をつくるのが好きで上手な人、魅力的な人がたくさん集まっているのに、私たちはその人たちの価値を正しく評価できていません。表面的な生産性や効率といった、本来は機械の方が圧倒的に得意なことを人間がわざわざやっているのはあまりにも勿体ない。

だったら機械がやれる仕事は全てテクノロジーを使って機械に任せて、人は人にしかできない価値を提供すること、つまり料理でも内装でもなく、人が生み出す顧客体験こそが飲食店の価値の源泉になる、と考えています。

さほど遠くない未来に、コンビニで私たちと同じクオリティ(もしくは消費者がわからないくらいの差異)のサラダが3分の2くらいの価格で販売される日は必ず来るはずで、その時には価格でも利便性でも味でもコンビニにはどうやっても勝てないわけですから、その時までに私たちにしかない競争優位性を確立しなければなりません。

 


DXを通じて実現したい未来



私たちがやりたいのは「モバイルオーダー 」でも「完全キャッシュレス店舗」でも「省人化による人件費の削減」でもありません。飲食業界で働く人が既に持っている「人を笑顔に、幸せにする力」、表面的な生産性だけではない価値を見える化し、その価値を収益につなげられるような世界をつくりたいのです。

私たちの描く未来は、お客さまとスタッフがオンライン化され、一人ひとりのお客さまの顧客生涯価値(LTV)が見える化され、どのスタッフが接客をしたお客さまがどのくらいの確率で再来店するのか、どのくらい未来の価値を生み出しているのかが数字で見える世界です。

特に私たちのようなチェーンオペレーションの飲食店では、1日に何人のお客さまを「捌く」ことができるのか、つまり同じ品質の料理を少しでも早く正確に提供するということに評価の軸が置かれています。そして「人時売上」のような、スタッフとお客さまのつながりやその価値を考慮していないかなり乱暴な指標が重視されていたりもします。

接客が大事とか人が大事とかいうことは、もちろん現場の人も(恐らく本社の人も)重々理解してはいるものの、今までの飲食店の評価軸では数値化がしづらいので、結局は「売上・客単価・原価率・人件費率」といった指標に頼らざるを得なかったのだと思います。

スタッフが1日8時間働いて200人のお客さまを「接客」することで、確かに人時売上は上がるでしょう。けれどもLTVを価値の軸として考えれば、1日2時間だけ働いて2人のお客さまと1時間ずつ話し込む方が会社に与える価値は大きいかもしれません。

CRISP SALAD WORKSでは「オンライン接客」という、店頭にディスプレイを設置してスタッフが自宅からお客さまを接客する取り組みを始めているのですが、ここでのゴールは1日に1人でもいいので CRISP SALAD WORKSの熱狂的ファンを作ること。なので、一見生産性が悪いように見えますが、LTVを指標の軸と考えれば大きな価値を生み出す可能性があります。

また、飲食業界は少し前までのフィットネス業界と近い部分があると感じています。以前はフィットネス業界もジムという箱の中での価値提供が比較的完結されていて、トレーナーは魅力的な人はたくさんいるものの、どちらかというと付加価値提供という部分においては脇役だったように思います。

ただ、この数年で日本でもカリスマトレーナーという言葉が出てきましたが、アメリカではフィットネスの価値やビジネスモデルを再定義して圧倒的な人気を誇る Peloton のようなブランドで、カリスマトレーナーが実施するオンラインクラスに数千人が同時に受講するといったことが当たり前のように起きています。当然生み出す価値も通常の何百倍にもなりますので、トレーナーの報酬も社会的な地位も大幅に向上しています。

CRISP SALAD WORKS でも、もしかしたら近い未来に前述のPelotonのようにオンラインで自分のお気に入りの店員さんを探して、その人のおすすめするカスタムサラダをバーチャルで一緒に作って家で食べる、そんな世界をつくれるのではないかと考えています。そして、その未来では私たちは料理としてのサラダを提供していないかもしれませんが、もしかしたらサラダを作るよりも何倍もの価値を生み出し、収益化できているかもしれません。

図1~4 《クリックして拡大》



宮野 浩史 (みやの ひろし)
President / Founder
CRISP, INC.
18歳にして米国カリフォルニアで天津甘栗の露天販売商として初めての起業後、日本に戻りタリーズコーヒージャパン株式会社に入社。2009年、フリホーレス株式会社を設立し日本初のブリトー専門店を開業。2014年、「熱狂的なファンをつくる」ため株式会社クリスプを設立し、カスタムサラダ専門店「CRISP SALAD WORKS」の展開を通じてテクノロジーで既存の外食業界にイノベーションを起こすことを目指す。

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