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コロナが炙り出した普通の価値

(こちらの記事は、マーケティングホライズン2020年5月号『素晴らしい普通』に記載された内容です。)


「普通」とは何なのか?

マーケティングホライズンでは、編集委員が持ち回りでその号の特集テーマを設定する。2020年5月号の担当だった私は、ちょっとした思いつきで「普通」を扱おうと考えた。というのも、私が身を置く外食産業の世界では、普通の対極である「特別」ばかりがチヤホヤされる傾向が強くなっていたからだ。

高級店であれば「シェフ同士のコラボレーションイベント」や「一夜限りのワインペアリングコース」が人気を呼び、ファストフードや牛丼チェーンでも期間限定メニューばかりが注目されるようになっていた。


そうした事態の背景にあるのは、送り手も受け手も「体験」や「ストーリー」、そして「SNS映え」を追い求めたことだろう。けれども私個人としては、特別なものよりも、「普通の焼鳥屋」であったり、「いつもの牛丼」であったりするほうを、むしろ大切にしたいと考えている。そんな思いから「普通」を取り上げることにしたのだが、いざ取り掛かってみると想像以上に手強いテーマだった。知り合いにこの話をすると、色々な意見や質問が寄せられた。


「『普通』と、『定番』や『王道』は何が違うの?」「英語だと『normal』『common』『general』『ordinary』とかあるけれど、あなたの言う『普通』はどれに近いの?」当初はうまく説明できなかった。しかし、このテーマをずっと考えていく中で、いくつか自分なりに見えてきたことがある。


普通とは「バランス」である

まず私が大切にしたい「普通」とは、「バランス」のことであると気づいた。市場が成熟すればするほど、後発で参入する商品やサービスは差別化を意識せざるを得ないのは当然だ。すると、機能やターゲット、シーンなどにおいて「一点突破」を狙うものが乱立する。「こんな時には、この洗剤」「そんなあなたには、このビール」という具合だ。そうした戦略で、市場の中になかば強引にポジションを取ろうとする。


これによって割りを食うのは、市場の中心にある「バランスの良い商品」だ。新商品がユニークな切り口で、「今はこちらの時代ですよ」と誘ってくるわけだから、ともするとバランス型商品は古く感じられてしまうかもしれない。


確かにバランス型商品は、それ自体がキャッチーだったりポップだったりはしないことが多い。しかし、バランスが良いことは、何にもまさる魅力だ。2020年5月号のトップインタビューにおいて、dancyuの植野氏は「いい店とはバランスに尽きる」と語っている。またALL YOURSの木村氏は、自分たちの目指す商品を「究極の汎用品」と表現した。それらには、一点突破型商品が持つ「わかりやすさ」やそれに基づく「切れ味の鋭さ」はないかもしれない。しかし、ターゲットやシーンを選ばない「幅の広さ」、そして飽きが来ないという「時間軸の長さ」が、そこには確かにあるのだ。(トップインタビューの詳細は、冊子版マーケティングホライズン2020年5月号『素晴らしい普通』をご覧ください)。


「普通『が』いい」の先に、定番や王道がある

また、一連の取材などを通じて感じたのは、「普通『で』いい」と「普通『が』いい」とでは、まったく異なるということだ。例えば、あるメーカーが「普通『で』いい」と思って、あまり特徴のない商品を企画したとする。しかし、そうして出来上がった商品は、おそらくゴールとした普通にはならず、ただの「B級品」になってしまうのではないだろうか。


一方で、究極のバランスを求めて、「普通『が』いい」という意気込みでプロジェクトを進めたならば、送り手は細部まで目を光らせて商品を磨き込み、それは「素晴らしき普通」になるのではないだろうか。そして、そのメーカーは普通であることを維持するために、継続的に改善を続けていくに違いない。


この通り、「普通『で』いい」と「普通『が』いい」の差は大きい。そして、そんな「素晴らしき普通」を実現した商品のうち、時間経過とともにユーザーの裾野が広がったものは「定番」となり、さらに熱狂的な顧客を獲得できたものが「王道」になったり、「殿堂入り」したりするのだろう。


普通の中に潜む「本質」

この特集テーマを決めたのは、今年の正月明けの編集会議の席だった。日本においては、まだコロナの気配さえない頃のことだ。そしてそれからほんの数ヶ月の間に、世界は明らかに変わった。企画当時は、世の中があまり評価していない「普通」の良さを今一度伝えたいと思っていたのに、今や誰しもが「普通であることが、いかに素晴らしかったか」を実感しているはずだ。


そういう意味では、違和感を狙って決めた「素晴らしき普通」というタイトルだが、結果的には何の違和感もなく、むしろ「そうだよねぇ」としみじみするものになってしまったのは皮肉なことだ。


しかし、伝えたいメッセージに変わりはない。冒頭に書いたように、「普通」の対極は「特別」である。我々の社会は成熟化に伴い、「特別」であることを追い求めてきた。しかし、コロナ禍を経て「普通」の価値を今一度評価し直している。なぜならば、「普通」の中にこそ、「本質」が存在しているのだから。



子安 大輔(こやす だいすけ)
株式会社カゲン 代表取締役
1976年生まれ。東京大学経済学部卒業後、博報堂入社。マーケティングセクションにて食品、飲料、金融などの戦略立案に従事。その後2003年に飲食業界に転身。飲食店や商業施設、ホテルなどのプロデュースやコンサルティングに数多く関わる。著作に「『お通し』はなぜ必ず出るのか」「ラー油とハイボール」(ともに新潮社)など。食について多様な角度で学ぶ社会人スクール「食の未来アカデミア」主宰。

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