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空港の最新消費動向

(こちらの記事は、マーケティングホライズン2020年2月号『交通起点の市場をつくる』に記載された内容です。)


空港をめぐる政策展開と空港運営の変化

近年、日本では空港の運営権を民間に期間売却することで空港の活性化が図られている。運営権を獲得した企業は、長期的な契約とはいえ、その期間に必ず投資した金額以上の収益を空港運営から得なければならない。

そして、そのための主たる手段として、航空会社に働き掛けて乗り入れ便数を増やすこと、つまり航空系収入を増加させるのはもちろんのことだが、空港内のテナントの売上など、非航空系収入を増加させることもそれと同様に極めて重要な命題となっている。


この部分は長らく日本では軽視されてきた側面であり、特に地方空港では、いまだにこの点の重要性が十分に理解されていないところがある。地方創生の大きな鍵を握る空港間の生き残り競争が激しさを増すなか、非航空系の売上増は、各空港が果たして生き残るかどうかの重要な鍵となってくるだろう。


こうした状況下、すでに大都市圏の空港は、ここ数年におけるインバウンド需要の急増を受け、収益を最大化すべく、空港内での様々な施設展開を図ってきた。そこで注目すべきなのは、従来であれば空港の店舗といえば高級志向、ブランド志向が強いものであったが、近年ではより身近で、日常的な分野に取り組みが広がっているということである。


たとえば羽田空港では、国内線ターミナルでユニクロが店舗を構えている。また成田空港では出国チェックを済ませた後の制限区域内でも家電量販店舗が営業している。


上述のように、地方空港の場合、航空系収入よりもむしろ非航空系収入の増大の方が「伸びしろ」が高い場合が多い。そして、この非航空系収入で得た収益をもって原資とし、海外の航空会社などに様々な優遇措置を自ら行うことで乗り入れ誘致を図っていかなければならない。もはや国や県などの補助金に頼った空港運営は持続性をもたないのだ。


空港の現状における消費動向

このように空港運営会社のマーケティング志向は高まっている。これに対して、実際の空港利用者の消費動向はどうなのか。


筆者はある空港の経営に参画しているが、その経験からみればアジアからのインバウンド(海外から日本を訪れる旅行者)の購入品として資生堂の高級化粧品、サントリーの高級ウイスキーなどが売れ筋である。地元の名産品というのはなかなか売れ行きが伸びない。どうしても全国的なブランドである北海道の「白い恋人」といった商品が、北海道にとどまらず全国的に買われているのが現状である。


また、帰国前に残った小銭を消費する上で、空港内に設置された「ガチャガチャ」、つまりコインを投入してカプセルに入った何らかの商品を手に入れるというのも空港経営にとっては無視できないものとなっている。国際空港の雰囲気にそぐわないものとして筆者はその設置に否定的な姿勢をとってきたが、現実その売上の貢献度を考えると考えを改めざるを得ない。


空港での消費では、パイロットやキャビンアテンダントといったエアラインクルーの消費も無視できない。近年、中国の航空会社のクルーの購買額が売上に大きく貢献していたが、最近、クルーの購入行動に対して中国政府からの規制が入ったため、売上高が伸び悩んでいる。


これがLCCターミナルとなるとかなり様相が異なって来る。客層が根本的に異なって来るからだ。LCCでは機内サービスが簡略化されているため、搭乗前に予め飲食してから航空機に乗りこむことが多くなる。


しかもLCCの利用者はそもそも移動に関わるコストを出来るだけ抑制しようとするため、飲食店舗に関しても、そのカジュアルさ、コストパフォーマンスの良さが問われることになる。


その結果、従来の空港とは違った飲食店舗の展開となる。高級店を展開するのではなく、よりコストパフォーマンスの高い店舗が展開される。具体的には成田空港の第3ターミナルに見ることができるように、一般的なデパートで見ることができるようなフードコートが展開されている。


空港内の店舗配置の工夫

また、航空利用者がより多くの消費を行うよう、店舗配置にも工夫がこらされるようになった。関西空港のLCCターミナルでは、1980年代にすでに空港の民営化を果たしたイギリスに見習い、乗客がゲートに向かうまでの間に店舗群の間を通り抜けなければならないようにすることによって、乗客に少しでも購買関心を抱かせるようにしている。


国内線の利用者についても、各空港はその地域の特色を示すことによって売上を伸ばそうとしている。最近、日本各地の空港を訪れると、その工夫に感心する機会が増えてきた。地元の特産品をうまく展示し、また宅配便の利用によって気軽に買えるようするなど、売上高を増やすために様々な工夫を凝らしている。ただ、既に述べたように、インバウンドに対して特産品をどこまでアピールできるかが難しいところだろう。


大阪伊丹空港では、屋上スペースをうまく活用し、個性的な飲食店舗を展開している。中部国際空港も同様であり、ターミナルビルから滑走路に突き出た形のところに魅力的なレストランを設けている。


空港において航空利用者以外も立ち寄れるスペースでのより魅力的な店舗展開は、航空を利用する人々だけではなく、周辺の地域住民が空港を訪れ、消費することを促すことの重要性も提起している。航空を利用する人々だけではなく、周辺住民に空港の存在を認めてもらうことによって、空港内での消費を行ってもらうことが、空港の売上を増やすためには重要であるということだ。


そのため、空港運営会社は様々なイベントを空港において行うことによって、空港への一般の人々の来場者数を増やし、空港における消費を期待するようになってきた。この場合の消費は、イベントに関わる消費に加え、空港内での飲食、物販購入に至るまでになる。


今後の「コト消費」の展開

今後は、空港内での「モノ消費」だけでなく、「コト消費」にも空港ターミナル運営の重点が置かれるようになるだろう。世界を見渡せば、シンガポールを筆頭に、世界の先進的な空港では、空港滞在中に様々なアクティビティができるような工夫を凝らしてきた。


映画館やテーマパークの設置などである。日本でも、道の駅、そして鉄道の駅でもコト消費への取り組みは進んでいる。駅舎の中に温泉が設けられていたり、ゆっくりと仕事ができるようにワーク・ステーションが設けられるようになっている。空港でもすでにそうした取り組みが始まっている。


たとえば中部国際空港には展望風呂がある。また、2019年9月にオープンした中部国際空港のLCC向けターミナルでは、具体的な消費とはつながらないが、通路に歩行距離に応じた消費カロリーを表示することで、空港利用者を楽しませるような工夫を凝らしている。


こうした取り組みによって、空港が単なる通過点ではなく、旅客にとっても、あるいは周辺住民にとっても滞在する場所、滞留する場所となっていくことが期待される。さらに情報技術が発展し、セキュリティチェックなどの安全対策がより簡便に行われるようになれば、空港は外に向かってより開かれた場所となるに違いない。


マレーシアの首都、クアラルンプールのLCCターミナルは、大型ショッピングセンターと一体的なつくりとなっており、日常生活と非日常空間が混在した状態を体験できる。日本でもこうした光景が、特に地方空港で見ることができるようになれば、地方創生も本格化したといえるだろう。



戸崎  肇(とざき  はじめ)
桜美林大学 ビジネスマネジメント学群  教授
1963年、大阪生まれ。京都大学経済学部卒業。日本航空入社。日本経済研究センター出向などを経て、学業専念のため退社。帝京大学、明治大学、早稲田大学などを経て、現職。博士(経済学、京都大学)。主な著書に『航空の規制緩和』(勁草書房)、『観光立国論』(現代書館)など。

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