ミレニアル世代を惹きつける組織とは?

(こちらの記事は、マーケティングホライズン2019年8月号『沸き立つ新組織論』に記載された内容です。)


全米が学ぼうとする起業家、クリステン・ハディード氏に聞く

清掃サービス会社「スチューデント・メイド」の若き創業者、クリステン・ハディード氏(Ms. Kristen Hadeed)は、Inc.誌からユニークなリーダーシップで注目される世界のCEOトップ10の1人に選出され、アメリカで注目される経営者の 1人となっています。TEDトークは300万回以上再生され、スピーカーとしても引っ張りだこです。

社名どおり、働いているのは現役の学生たち。それも、同社が雇うのは成績上位者だけ。掃除という精神的にも肉体的にもきつい仕事で、ミレニアル世代の優秀な学生たちを魅きつけ、ヤル気満々にしている会社です。しかも学生たちは、感動の顧客ストーリーを生み出しています。どうしたらそんなことができるのでしょうか?


その答えやヒントは、理想の企業文化を持つ組織へともがきながら進んだ起業家の奮闘記である、ハディード氏の著書「Permission to Screw up」(邦題「奇跡の会社」、筆者監訳)にも記されています。ザッポスに習い、企業文化を重視した経営に取り組んだことについては多くのページを割いて、実際にやってみると、例えばコア・バリューに沿った採用と一口に言っても困った問題が起こることなどリアリティを記しています。


清掃という地味で儲からない業種で、ハディード氏曰く「最悪のビジネスモデル」にもかかわらず、悪戦苦闘しながら注目企業となったスチューデント・メイドのエッセンスについて、ハディード氏に話をうかがいました。

 

売上よりも企業文化を大切にする
─── スチューデント・メイドは、どういう会社、どういう組織を目指してきたのでしょうか。
ハディード 多くの人は、家族と過ごす時間より仕事に時間を投じているでしょう。信頼できる人と仕事を楽しみ、貢献している実感を持っている人はどれだけいるでしょうか。それもトイレを掃除しながらとなればなおさらです。だからこそ私たちは、企業文化を大切にし、胸を張れる職場をつくっているのです。


─── 文化は大切ですが、業績や規模を追うことについて、ハディード氏はどう考えているのでしょうか。
ハディード スチューデント・メイドは、ピーク時には5~600人いたことがあります。掃除は低収益ビジネスであり、利益を増やそうとすると大きな契約を取ろうとします。しかし、仕事をくれる大企業は、厳しい労働環境、キツいスケジュール、そして従業員をひどく扱うことが多いので、ハッピーでない、ストレス過多のメンバーが増えます。これではやる気が起きませんよね、私も嫌です。


ですから、会社を救うため、そうした契約を断り、規模を縮小しました。勇気をもって規模拡大をしないことを選択し、企業文化を守ることにしました。ウチの地域でもやって欲しいというリクエストを受けますが、拠点も増やしません。いまは100人ほどですが、とてもよい企業文化だと自負しています。


─── よい企業文化を持つというスチューデント・メイドの、お客様との関係はどうなのでしょうか。
ハディード スチューデント・メイドの売上のほとんどは掃除ですが、リーダーシップ教育のコストもかかりますから、相場より高い価格で提供しています。個人客には、掃除の担当メンバーを気に入ってご指名で、犬の世話ほか掃除以外のコンシェルジェサービスを頼んでくる人もいます。教育に力を入れている我が社に共感して、発注してくれる大学教授もいます。お客様とよい関係がつくれていると思います。


─── スチューデント・メイドの学生たちは、感動の顧客ストーリーを生み出しています。ある顧客は、死期を悟った病床で、スチューデント・メイドからお掃除に来ていた学生に会いたいと家族に懇願したといいます。
やる気のある優秀なミレニアル世代が集まるとともに、顧客を熱心なファンにする。そんな会社にしたいと思い悩んでいる経営者は少なくないでしょう。

 

将来のリーダー養成に注力
─── スチューデント・メイドはフロリダ州ガインズビルでフロリダ大学の学生を雇ってお掃除のサービスを提供している会社です。業種は清掃ですが、最も力を入れているのは未来のリーダーたちのための教育です。それはどういうものなのでしょうか。
ハディード スチューデント・メイドに参加した学生たちには、将来彼らが成功するためのスキルを教えています。掃除には直接は関係ないでしょうが、問題解決、リレーションシップづくり、共感力、マーケティング、フィードバックなどの教育プログラムを実施しています。将来のリーダー養成を目指しているからです。また、スチューデント・メイドでは、こうしたスキルを学生が学生に教えられるようにトレーニングしています。


具体的にどういったスキルか、スチューデント・メイドでのマネジメント手法の例には次のようなものがあります。
●シット・サンドイッチ(ほめて・注意して・もっとほめる)
●FBI(気持ち・振る舞い・影響)方式の顔を合わせたフィードバック
●個人的なストーリーをシェアするワークショップ
●単に白黒と分けない企業文化を体現する「ザ・ライン」


対人関係やコミュニケーションについてのものを多く含んだリーダーシップ・スキルと言ってもいいでしょう。
例えば、三番目の個人的なストーリーをシェアするワークショップですが、あっさり読み飛ばす人も少なくないでしょうが、実際には大きな違いをもたらすことができます。
多くの企業では、職場の人の一面しか知りません。すると、機械的な人間関係になりがちで、人を資源や部品としてみることにもつながります。ベンチャー企業、そしてグローバル大企業での実践例もありますが、いずれも個人を「ひと」としてみるようになり、その人の生い立ちからいままでの歴史、得手不得手やプライベートの事情など、全体的な理解ができることで、よりよいチームワークが実現できます。これは、ティール組織の特徴の一つ「全体性」と符合しています。

 

勇気を持てば誰もがリーダーになれる
─── 清掃サービスの会社が、なぜ、そこまで教育に力を入れるのでしょうか。
ハディード スチューデント・メイドは、お掃除サービスをするリーダー人材開発会社です。失敗だらけの私も、リーダーとなり、そして将来のリーダーを育てています。スチューデント・メイドには、これが魅力で、優秀な学生たちが集まります。彼らを未来のリーダーに育てることに、私たちは心血を注いでいます。


─── 将来のリーダー養成のための教育を、スチューデント・メイドに参加したすべての学生に提供しているのはなぜでしょうか。
ハディード 人間は間違いをしますから、失敗は欠点ではありません。私は、誰もが、リーダーになることができ、違いをもたらし、いい職場つくることができると思います。オーナーでなくても、どういう職位でも、自分をリーダーとする勇気があれば、可能なのです。


─── スチューデント・メイドで働く学生たちは、そうした教育を求めているのでしょうか。
ハディード 企業が将来も成功したいなら、若い人にすすんで投資すべきです。学校では学べないことで、大切なことがあるのが現実です。それを教えることです。スチューデント・メイドの教育プログラムを受けた学生たちは、この体験を友人に伝え、口コミで優秀な学生が集まって来ます。


─── スチューデント・メイドで教育を受けた学生たちは、その後どんなキャリアを歩んでいるのでしょうか。
ハディード スチューデント・メイドの卒業生は、教師、医者、エンジニアなど様々な職業に就いていますが、多くはいち早くリーダーシップを発揮しています。25歳で120人のボスになったり、起業した卒業生もいます。



みなが悩む課題にアドバイス
 次のような課題に悩んでいる経営者や現場のマネジャーは、少なくないでしょう。
・儲かりにくく人が定着しない困難な仕事で、元気な組織をつくるには?
・若いミレニアル世代が熱中して仕事をする会社にするには?


給料も高くできず3K職場と思う人も多い清掃というビジネスに、学生たちが懸命に取り組む。しかも成績上位者しか受け付けないスチューデント・メイドに学生が集まる。
「燃える社員・ほほ笑む顧客」は、ベンチャーだけでなく、むしろ既存の多くの企業にとって大きな関心事であり、謎でしょう。だからアメリカのグローバル企業のCEOたちが、ハディード氏の講演になるとこぞって熱心にメモを取るというのです。


─── ハディード氏は、本を出版してから、どういう活動をしているのでしょう?
ハディード 講演も多いですが、それだけでなく、アドバイスをするなど、スチューデント・メイドで学んだことをシェアし、そのことを通して世の中をよくする活動に力を入れています。私はいまもスチューデント・メイドのCEOですが、対外活動が中心で、社内のことはハイレベルなことに絞っています。


─── どういう企業からの依頼や相談を、ハディード氏は受けることが多いのでしょう?
ハディード トイレ掃除でやる気満々の職場をつくるのは簡単ではないですよね。サービス業、特に楽しくない仕事と思われているような事業をしている会社からの依頼が多いです。辞める人も多いし、みな頭を悩ませています。
そして、ミレニアル世代の若者のエンゲージメントも大きな課題になっています。企業もですが学校からも相談が来ます。将来のリーダーを育てるには何を教えればいいか悩んでいます。


こうしてハディード氏は、マネジメントが難しいと言われるミレニアル世代が楽しそうではない仕事に一生懸命になる企業文化のつくり方や、若者が成功するために必要なことをどう教えるか、などをアドバイスしているとのこと。著書出版のきっかけをつくったサイモン・シネック(米国の組織・リーダーシップの著名コンサルタント、TEDでのプレゼンテーションでも有名)とともに活動することも数多く、海外での講演もしているそうです。


─── これからに向けてハディード氏はどんなプランを描いているのでしょう?
ハディード スチューデント・メイドで働きたいという人は多いのですが、会社の規模を大きくしたくはありません。そこで、ウチで働かなくてもそれと同等な体験ができるよう、学校と組んでコンファレンスやイベントをやるつもりです。また、オンラインでの教育も計画中です。
次の世代は大きなテーマです。若い人たちに投資しようと思わなくちゃダメです。彼らが将来成功できるよう教えることです。私たちがスチューデント・メイドで学生に教えているすべてを提供していきます。


ハディード氏は、フロリダ大学在学中にひょんなことから起業し、失敗の数々を繰り広げる中で、多くを学んで今日に至りました。それゆえ、リーダーシップや組織について、学校では教えていないが、とても大切なことが沢山ある、それを身に着けているかいないかで成否は大きく分かれると痛感してきました。


スチューデント・メイドのように教育を受け実践して、自らの成長を実感できる日本の大組織はどれだけあるのか、自らに問い直してもよいかと。また、こうした若い経営者から学ぼうという謙虚な貪欲さは、米国だけでなく日本企業にもあっていいでしょう。

(インタビュアー : 本荘 修二 本誌編集委員)

 

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