世界の大組織に「カルチャー」を醸成する

Jenn Lim  氏 Jenn Lim 氏

企業文化ブームに火をつけたジェン・リム氏に聞く

世界的に、企業文化や社員の幸福度への注目が年々高まっています。こうした企業文化ブームの火付け役が、フォーチュン誌の働きたい会社トップ10に入るなど高く評価されている米国のネット通販企業ザッポスです。

ザッポスは靴のオンライン小売として、1999年に米国サンフランシスコで創業しました。急成長を続け、2009年にアマゾンが12億ドル(約1300億円)で買収し、いまも業績を伸ばしています。ザッポスの徹底した企業文化へのフォーカスは、米国ビジネススクールの教材になるなど経営の世界にセンセーションを巻き起こしました。


ザッポスCEOのトニー・シェイによる著作「Delivering Happiness」(2010年、邦訳「ザッポス伝説」、筆者監訳)のプロジェクト・マネジャーを務め、同書から生まれた新会社デリバリング・ハピネスのCEO兼CHO(Chief Happiness Officer)となったジェン・リム(Ms. Jenn Lim)氏は、世界中でキーノートスピーカーとして招聘され、350社以上の変革をサポートしてきました。


そのジェン・リム氏に話をうかがい、企業文化づくりで成果を出す秘訣は何か?などについて、まとめてみました。

 

ビジネスモデルとしてのハピネス
「Delivering Happiness」は20の言語で出版され、80万部以上が読まれています(筆者が携わった邦訳は版を重ね10刷)が、「その頃は、こんなに世界中の人々や組織に興味を持ってもらえるとは思いませんでした。」とリム氏。


企業の改革支援をするデリバリング・ハピネス社のクライアントは、フェイスブックなどベンチャーや中小企業だけでなく、スターバックス、マリオット、ヒルトン、ヒューレットパッカード、アウディ、チェイス銀行、モルガンスタンレーなど、大企業がずらりと並んでいます。また、クライアントの半分は米国以外に、それも欧米文化圏を超えた国々へも広がっています。


リム氏がザッポスで生み出した「ザッポス・カルチャーブック」(企業文化を軸に社員の生の声や写真を集めたもの)は評判となり過ぎて社外に販売するまでになり、いまはクライアントとともにその会社のカルチャーブックをプロデュースしているほどです。


ここからリム氏は、生産性や収益性を高める“ビジネスモデルとしてのハピネス”を提唱しました。企業文化にフォーカスして従業員のハピネスを上げれば、顧客もハッピーになり、業績は改善するというモデルです。


「当初は、面白い、革新的なもので、こうあればいいよねといった段階でしたが、いまは違います。従業員の幸福度が業績につながり、それも大きな違いをもたらすことを明らかにしてきました。」とリム氏は信を隠しません。



ハピネスを高める経営学
様々な研究で幸福度が、社員の離職率、ストレス、欠勤・遅刻、事故などに影響すること、そして顧客評価や生産性、営業効率、創造性を改善することが示されています。デリバリング・ハピネス社のクライアントは、それを示す実例となっています。


デリバリング・ハピネス社の考え方の一部を紹介すると、社員のハピネスは上の図の4つの要素が主に影響します。したがって会社は、崇高な目的(higher purpose)を示し、自社の価値観(core value)を明らかにし、社内のコミュニケーションや仕組みを、それらに沿ったものに変えていきます。
注:ザッポスは、「幸せを届ける」ことを目的とし、10の価値観を徹底している。


そして、自社の価値観に合わない人材はいくら履歴書が立派でも雇わないなど、企業文化づくりを徹底します。上からの押し付けでなく、一人ひとりを尊重し、会社の目的や価値観と個人の関係を話し合うなどコミュニケーションを活性化し、心のつながりを大切にします。
「当初はザッポスから学んだものを使いましたが、多様なクライアントから多くを学び、企業文化づくりの実行とROI(投資効果)の実現について、だいぶ進歩したと思います。」とリム氏は語ります。


経営トップのコミットメントと人の巻き込み
では、どのようにして、こうした結果に導くのでしょうか?
「人数規模や業種を問わず、企業変革はできます。Cレベル(CEOやCOO、CFOなど経営陣)のコミットメントと経営幹部にチアリーダーがいれば。」とリム氏は言います。やるぞというトップやキーパーソンがいなければ始まりません。


政府もリム氏のクライアントですが、ドバイのトップ(UAEの総理大臣)はハピネス担当大臣を新設し「ドバイを地球上で最もハッピーな都市にする」と宣言して、国民への強いメッセージを送りました。
米国東海岸の百貨店チェーン、センチュリー21の場合、5代続く家族経営で、多くの幹部は企業文化プログラムなど必要はない、いまのままでいいという認識でしたが、リッツカールトン出身の幹部がリーダーシップをとって推進しました。


リム氏は、「お金や成功だけじゃない大切なものがあると人生の経験で感じとっている点が、こうしたリーダーによくみられる」といいます。
ニューヨークを中心に6万人が働く20病院を経営するノースウェルヘルスでは、当初は医師が反対派でした。すでに仕事が過多でたいへんなのに、その上なにをやらせるのか、といった調子です。しかし、病院の崇高な目的(higher purpose)と医師一人ひとりの人生の目的について対話を進めていくと、やがて医師たちは最も強力なサポーターになったのです。結果として、働く人たちのエンゲージメント(会社との心の結びつき)は2年で45%から85%に上昇しました。


「多くの場合、こうした革新的なプロジェクトには反対派がいますが、それを突破する推進力が必要です。しかし、頭ごなしでなく、対話を続けて気づきをもたらすことで、反対派も賛成派に変わります。」とリム氏は語ります。コミットメントと巻き込みにより、意義ある変革を遂げることができるのです。


組織を変えるプロセス
デリバリング・ハピネス社には米国だけでなくドバイやトルコ、ロシアなど世界各国から問い合わせが来ます。つまり、売り込みや提案を待つのでなく、組織が自ら問題意識をもって行動することが大切と言えるでしょう。


トルコのCanpa社は、三日間のブートキャンプで10カ月のカルチャー・ロードマップを作成し、直ちに実施。すぐに採用への応募数が月60人から600人になり、離職率は30%からマイナスに転じました。売上高は2年で倍増し、2018年にトルコで最も働きたい会社1位になりました。すぐにどんどん行動した結果です。


もっとも、計画をそのままやればよいわけではありません。前出のセンチュリー21百貨店では、第一次のロールアウト後に、価値観で抜けていることが一つあることに気づき、それを追加しました。いったん定めたカルチャーや仕組みを実際に体験して、修正していく必要があります。


デリバリング・ハピネス社は、5つのステップからなるプロセスを用います。
●問いかける:学び、触発され、なぜやるか考える
●評価する:測り、分析し、計画する
●決める:つくり、納得性を醸成し、導入する
●やってみる:優先順位を決め、実際にやって、証明する
●進化する:測り、フィードバックを得て、続ける


何を測るかですが、デリバリング・ハピネス社は従業員調査のツールを開発しています。例えば、人々、職場、仕事、チーム、組織、社会的意義などを測り、人的資源、組織システム、機能、職場での体験などを含むハピネス・ランドスケープを示します。またリム氏は、社員の生涯価値に注目し、採用、生産性、エンゲージメント、リテンション(離職率)の改善を図ります。


そしてクライアントにアドバイスをしますが、リム氏はこれをコーサルティング(コーチ/コンサルティングを合わせた造語)と呼んでいます。コーサルティングは数カ月から二年くらいに渡ります。組織を変革すると、そこから課題も出てきます。何度も修正しながら粘り強く実践すればこそ、大きな成果が得られるのです。


日本企業を蘇らせるには?
「組織の遺伝子や病状は各社各様なので、一律あるいは一つのパターンをあてはめることはできません。」とリム氏は指摘します。また、目指す企業文化の実現には、いったん設計したものを実践してみて、現実から学んでよりよくしていくことが不可欠です。もっとも、「基本的なプログラムの枠組みはどの組織にも共通であり、国や業種を問わず適用できます。」とリム氏。


ザッポスが広めた企業文化というテーマは、マッキンゼーなど大手コンサルティング会社が続々とメニューに加えました。これについてリム氏は、「大手は分析が得意だが、デリバリング・ハピネス社にはハートがある。」というクライアントの言葉を教えてくれました。ハートを大切にした企業文化づくりは、世界的にますます経営の重点となっていくでしょう。


ザッポスの社員から筆者への「家族的な経営など日本企業は我々のお手本であり、学ぶこともないのでは?」という言葉が思い出されますが、日本の経営者は現実から目をそらさず心機一転して企業文化づくりに力を入れれば、業績改善とともに新たな日本的経営を手に入れることができるのではないでしょうか。


日本文化の良さにも理解のあるリム氏は、コミットメントのある日本企業のお手伝いができれば幸いとのことです。ご興味あれば、まずは例えば2-3日間のマスタープログラムに参加してみてもよいかもしれません。

(インタビュアー : 本荘 修二 本誌編集委員)

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