エンゲージメント経営 エンゲージメントの重要性への理に向けて

(こちらの記事は、マーケティングホライズン2019年8月号『沸き立つ新組織論』に記載された内容です。)


エンゲージメントの定義
最近、日本においてもようやくエンゲージメントという概念が広く認知されるようになってきました。エンゲージメントの一般的な訳語としては、約束、合意、契約、婚約、雇用、接触(かみ合い)などがあります。

よく使われる用語としてはmake an engagement(約束する)、engagement ring(婚約指輪)、have a previous engagement(先約があります)、meet my engagements(債務を果たす)、engagement of the gear(ギヤのかみ合い)があります。つまりengagementとは「関わり合い」「関係性」が中核にある概念です。

 

ビジネス文脈においては、コンサルティング会社ウイルス・タワーズワトソンはエンゲージメントを「従業員の一人ひとりが企業の掲げる戦略・目標を適切に理解し、自発的に自分の力を発揮する貢献意欲」と定義し、これが現在ビジネス文脈において一般的な解釈として用いられています。先進企業の多くがエンゲージメントに関するサーベイを行い、その重要性が認識されるようになりました。


エンゲージメントが高い組織では
 ●収益性が高い。
 ●生産性が高い。
 ●離職率が低い。
 ●質の高いサービスを提供できる。
 ●製品の欠陥が少ない。
 ●社員の欠勤が少ない。
 ●イノベーション力が高い。
 ということが明らかになり、さらに近年では、
 ●アップル、スターバックス、ナイキなど優良企業が経営上重視している。
 ●どんな業種・業態でも、エンゲージメントは組織の成果に影響する。
 ●日本でもIT企業などを中心に経営指標としての採用が加速している。
という状況の中、エンゲージメントを重視した経営が日本でも急速に広がってきています。


エンゲージメントが非常に低い日本企業の現状
エンゲージメントの重要性が理解されるようになってきましたが、日本企業のエンゲージメントが非常に低いという残念な事実が明らかになってきました。世界的な調査会社ギャラップによるサーベイ結果、日本企業に勤める社員のエンゲージメントが非常に低い結果となったのです。


例えば2017年日本経済新聞では以下のように取り上げられ一部の経営者の間でとても話題となりました。
世論調査や人材コンサルティングを手掛ける米ギャラップが世界各国の企業を対象に実施した従業員のエンゲージメント(仕事への熱意度)調査によると、日本は「熱意あふれる社員」の割合が6%しかないことが分かった。米国の32%と比べて大幅に低く、調査した139カ国中132位と最下位クラスだった。


企業内に諸問題を生む「周囲に不満をまき散らしている無気力な社員」の割合は24%、「やる気のない社員」は70%に達した(『日本経済新聞』2017年5月26日)。
同様の結果を示すのはギャラップの調査だけではありません。エーオン・ヒューイット社が170ヶ国の約9000社を対象に行っている従業員エンゲージメント調査では、世界の平均値が63%であるのに対し、日本は40%以下と他国に比べて著しく低い値を示しています(注★Aon Hewitt, 2017 Trends in Global Employee Engagement)。また、「会社と上司に対する信頼度」についても、日本は他の先進国に比べて低いという調査結果も出ています(★2016 Edelman Trust Barometer)。


さらに日本企業は「生産性の低さ」という問題も抱えています。日本生産性本部「労働生産性の国際比較」によると日本の一人当たりGDPは先進7ヶ国の中で最下位となっています(OECD加盟35ヶ国中21位)。そしてスイスのビジネススクールIMDの世界競争力センター(IMD World Competitiveness Centre)は、国ごとの競争力を示した2019年版「世界競争力ランキング(World Competitiveness Ranking)」を5月28日に発表しました。その結果は日本の総合順位は前の年から5つ下がり、30位でした。日本は同ランキングで1989年から4年連続で世界1位を記録したこともあったのです。


私たちは、社員の意欲が低く、関係性も悪化し、生産性や国際競争力も低下しているという日本の組織の厳しい現実をまず直視しなければなりません。
なぜ日本企業の業績や生産性は量的にも質的にもここまで低下し続けてきたのでしょうか。マクロ〜ミクロレベルで様々な原因が考えられます。その中でも特に平成の30年間、日本の多くのビジネスパーソン、経営者が「エンゲージメント」を軽視、もしくは「ほとんど意識してこなかった」ことが日本企業の業績低迷の大きな要因であると私は考えます。


エンゲージメントの構成要素
私はミラクリエイションを通じ、ピープルテックの先進企業であるアトラエや1on1に特化したサービスを提供するYeLLと協業しながら日本企業のエンゲージメント向上のサポートを行っています。アトラエのwevoxというエンゲージメント測定のプラットフォームでこれまで800社におよぶ日本企業のエンゲージメントを測定してきました。アトラエは早くより上下関係を極力なくしフラットでオープンな組織づくりを実践してきたユニークな企業です。また2019年度はgreat place to work institute が実施する「働きがいのある会社ランキング」小規模部門で同社は日本一位となりました。このランキングで一位になれた大きな要因はアトラエが「エンゲージメント経営」を実践してきたことにあります。


wevoxは日本においてエンゲージメント測定、向上、運用で最も実績があるだけではなく、学術的に立証された手法を活用しています。wevoxではエンゲージメントを次の9つの構成要素に分類して測定しています。その9つの構成要素(ドライバー)とは:
 1.職務……職務に対してどの程度満足度を感じているか
 2.自己成長……仕事を通して、どの程度自分が成長できていると感じているか
 3.健康……仕事の中で、過度なストレスや疲労を感じていないか
 4.支援行動……上司や仕事仲間から、職務上または自己成長の支援を受けているのか
 5.人間関係……上司や仕事仲間とどの程度良好な関係を築けているのか
 6.承認・期待……周りの従業員から認められているとどのくらい感じているか
 7.理念・戦略・事業……企業の理念・戦略・事業内容にどの程度納得・共感しているか
 8.組織風土……企業の組織風土が従業員にとってどの程度良い状態なのか
 9.待遇・制度・環境……給与、福利厚生、職場環境といった会社環境にどの程度満足しているのか


これらのドライバーをスマホ、タブレット、パソコンを使って2分ほどのサーベイに答えてもらうことで組織のエンゲージメント状態を可視化し共有することで継続的にエンゲージメントを向上させることが可能になりました。月1回程度のサーベイを取ることで組織のエンゲージメントの状態を定点観測し、継時的推移や部門や入社年次、などの属性ごとでデータを即時に比較できるのです。そうすることで自社の強み弱みを定量的に把握し、改善ポイントに優先順位をつけ具体的なアクションをとれるようになったのです。


エンゲージメントを高めるステップ
 エンゲージメントを高める基本ステップは
 1.エンゲージメント向上プロジェクトを社内で立ち上げ、エンゲージメントの重要性を理解してもらう
 2.自社のエンゲージメントの状態をwevoxなどの適切で実績のあるツールを使って客観的に測定する
 3.エンゲージメントの測定結果をメンバーで共有し、場合によっては全社員に必要なデータを公開する
 4.プロジェクトメンバーや社員で結果を見て改善案を出して、具体的なアクションを実施する
 5.アクションをとった結果、エンゲージメントがどのように推移したか確認し、さらに改善案を考え実施する
 6.エンゲージメント向上のためのPDCAを継続的永続的に実施することでエンゲージメントを高める文化や意識を育てていく


これまで数多くの組織、人材開発のサポートを行ってきましたが、コミュニュケーションがエンゲージメント向上の重要な鍵を握っていることがわかってきました。表層的に海外のビジネス評価指標を持ち込んでしまったために、日本企業では社員同士の関係性が冷え切ってしまっています。


そのため組織内(特に上司と部下の間における)コミュニュケーションの量と質を高める必要があるのです。そのような中において近年日本企業においても1on1(ワンオンワン)を採用する企業も増えてきています。1on1とはマネージャーが部下の育成を行うために行う個人面談です。ただし、1on1を実施する上で注意しなければならない重要なポイントがあります。それは1on1を行うためにはマネージャーとして身につけなければならない最低限のスキルがあるということです。社員に適切なスキルのないままやみくもに1on1を採用してしまうと逆にエンゲージメントが低下してしまうことがよく起きています。


エンゲージメントを高めるコミュニュケーションスキルとして代表的なものは「観察力」「共感力」「承認力」「傾聴力」「質問力」「フィードバック力」「ティーチング力」「評価力」があります。それぞれのコミュニュケーションスキルを「外部情報」(知識)「内部情報」(内省、気づき)、「成長」(学習)、「安心」(信頼)の軸によって整理したものがこのチャートです。4つの象限に整理してみると「(気軽に)雑談ができるか」「(心から)相談できるか」「(深い)質問をなげかけてくれるか」「(納得感のある)面談をしてくれるか」の4つに分類することができます。


1on1の視点だけでも複数のそれぞれが奥深いスキルが必要なことが理解できます。そして相手との関係性を高めていくためには「関係性の階段」を一つひとつ着実に登っていきましょう。共感が伴う雑談ができて安心安全な場をつくり、傾聴、承認で相談ができお互いの本音を出し、適切な質問を伴う対話で気づきから行動に実践し、そして成功体験を積み重ねていくのです。
またたとえ上手くいかなかったとしても、そこから内省し学び次のチャレンジへと結びつけていくのです。


これからのエンゲージメント
日本でもこの2年でようやくエンゲージメントを継続的に測定し、可視化共有するエンゲージメント経営をおこなう組織が急速に増加しました。このようなエンゲージメント先進企業と、過去の成功体験にあぐらをかき、エンゲージメントに関する意識の低い企業の2極化が進んでいます。エンゲージメント向上は単なる人事施作ではなく経営の根幹に据えるべき重要な課題です。
是非、部門や役職にとらわれずにできるところからエンゲージメント向上に迅速に取り組まれてみてはいかがでしょう?

 

 

松林  博文  (まつばやし  ひろふみ)
マーケティング3.0綜合研究所所長、MIRACREATION株式会社取締役
ミシガン大学で経営を学んだ後、ジョンソンで経営企画担当、グロービス経営大学院でマーケティング、次世代型組織開発などを教える。
著書、共著書に「組織の未来はエンゲージメントで決まる」(英治出版)「(実況)マーケティング教室」(PHP)、「マーケティング MBAシリーズ」(ダイヤモンド)「クリエーティブ・シンキング(ダイヤモンド)」などがある。
趣味はサーフィン、磯遊び、トロピカルアート、ワイン。

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