誰かのためが、わたしを救う「推し」がいる生活

「推し」とは何か
2019年7月期、NHK で「だから私は推しました(全 8 回)」というドラマが放送された。「推し」という言葉は、ついに全国区となりつつある。

このドラマの制作意図は、「人がいいね!といったものではなく、本当に自分が好きなものを推す「すがすがしさ」を描くこと。30代目前の女性が、失恋や人間関係への悩みをきっかけに、地下アイドルにはまったことで、周りの評価を気にしない、既成概念に縛られない自分を取り戻す。ドラマでは、「推し」に貢ぐためにバイトし、推しのために罪さえかぶろうとした。「推し」のためにつくすことは、その人自身の満足感につながっていく。


ある日、甲府に向かうためにバスに乗っていると、隣を走る「貪欲会」のバスがあった。なかには、おしゃれをしたパッと見30~40代の女性たちが乗車している。貪欲会とは、しょこたんこと、中川翔子を推す女子の集い。「推し」がいる生活はさまざまなところで拡大しているようだ。
「推し」とは自分の好きな対象。しかし、「推し」と呼ぶときには、その対象をより立派にするために、また、支えるために、能動的に何かを行うことを伴う。単なる「好き」「ファン」とは異なる。



誰かのためが、わたしを救う
では、50代以上の女性はどうか。
「推しの幸せが自分の幸せ、売れるために支援をする」と話す2.5次元俳優ファンの50代女性が語る。推し(好きな若手俳優)のためならば、同じDVD を何十枚も買う。チケットをとるために、ありとあらゆる友達に頼み、自分でも出先でネットカフェを最大活用。毎公演ごとに、100~200の応募をする。推し関連のグッズは、推しの人気を世の中や関係者に見せつけるために複数買うのは鉄則だ。舞台と連動するコラボカフェでは、愛を語りあうことができる仲間と、推しが演じるキャラクターの全コースター獲得のためにドリンクファイト(全種類の飲物を注文)に挑戦することは日常となっている。


「得られる具体的なものは何もないです。お金と時間もかかる。会える日には服装もしっかりしていなければならないし、日本経済を動かしている自信があります。推しは熱帯魚とある意味一緒。手間をかけて、輝かせることが喜び。自己満足以外の何ものでもない。推しがたとえば朝ドラにでるような俳優になっても、活動はもちろん続けます。それが私の使命。若い子たちはDD(誰でも大好き)だから、週単位、月単位で推しがかわることもある。継続できるのは時間、お金に余裕のあるおばさんだと思う。」自嘲気味に語る。


「全員白い服をきてくるようにという指示があったので張り切っていったのに、推しの結婚発表だった。こんなことをされるとは。立ち直れない」「推しが突然、何も言わずに活動をやめた。失恋したみたいな気持ち。強い喪失感」と語る50代女性など、誰かを支えるために、自分が存在する生活がある。SNSで仲間と感情を共有できるからこそさらに、心と行動は動きやすい。



自己満足を極める
マズローは人の欲求を「生理的欲求」「安全欲求」「社会的欲求」「承認欲求」「自己実現欲求」とした。ゴールともいえる自己実現欲求とは、自分が持っている技術や能力を最大限に生かして、自分にしかできないことを行い、自分らしく生きることとされる。


たとえば、ボランティアは、「年をとったら、社会のために尽くしたい」という自己実現欲求を満たすものとされてきた。果たして、これからの50代以上の彼女たちに当てはまるのか。
彼女たちはいままで、消費によって自己実現をはかってきた。かける金額の多少はあるが消費を大事にしてきた。ゆえに、彼女たちの欲求満足に消費は大きく関わるだろう。


現在、彼女たちの間でも、拡大しつつある「推し消費」。つまり、「誰かを支えるための消費」「誰かのための消費」は見返りは少ないものの、推しの成長を見届けることでボランティアよりも、よりリアルに消費した結果を手にできるのではないか。誰かのために、時間と気持ちを消費することで、ときめき、刺激、楽しさで心は満たされる。究極の自己満足が幸福感につながっていく。



推すことで、女性の理想に近づく
宝塚は、その長い歴史のなかで、「スター」のために尽くす女性を育んできた。いまも会場には、杖をつきながら、ときに誰かの助けを借りつつも、「頑張って」劇場にかけつける女性たちがいる。
推しのいる生活を続けてきた大先輩たち。幾多の楽しみと、ときに悲しみを乗り越えてもきただろう。彼女たちは、全員おしゃれで、ヘアメイクもばっちり、イヤリング、バッグなど気を抜かない。推しに会うためには、自分もしっかりしていなくてはいけないのだ。スターのために「きれいでいる、健康、いつでも好きなことができる」という高齢女性の理想を見事にかなえている。


推しがいる生活は、これからの50代女性をよりインビジブルに導いていく。知らない間にあなたの周りにも、誰かのために、そして究極の自己満足にむけた生活を実現する人が増えているのではないか。

 

中塚  千恵  (なかつか  ちえ)
東京ガス株式会社
日本女子大学文学部卒業、東京ガス株式会社入社。同社都市生活研究所で、約20年間、食、住まい、入浴、単身者、富裕層などのライフスタイル研究を行う。

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