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スポーツでデトックス

(こちらの記事は、マーケティングホライズン2019年1月号『スポーツ2019 2020』に記載された内容です。)


スポーツの効果は、身体機能面はもちろん、疾病予防、気分転換など精神的な効果まで様々だが、最近の私はスポーツのデトックス効果に非常にお世話になっている。

2018年4月に仕事の関係でシンガポールに来てから、週末に朝ラン(朝のランニング)をするようになった。元々朝晩に少しのヨガを日課にしていたが、車通勤による運動不足解消をしたく、もう少し持続的に身体を動かしたくなったのだ。その後仕事でとんでもない事態が発生し、多数の幹部を一掃、経営陣の刷新、会社の再構築といった後処理と会社再生に追われることになった。


精神的にも肉体的にもギリギリの線を毎日感じるような非常に厳しい状況が続き、一時は体重も減ってしまった。しかし睡眠不足の時ほど、そして疲労が蓄積するほど、逆に身体を動かしたくなったのだ。


少しの時間があると、ぐったりしているはずなのに、身体を休めるよりも動かしたくなる衝動に突き動かされる。このような気持ちは今まで経験したことがなかったものだった。


そして身体をある程度の時間動かすと、汗とともに何か自分の中の緊張感が少し流れていくような感触を感じるようになったのだ。それは、達成感やストレス解消といったものとはまた別の感覚で、「緊張感がとれることにより、ストレスとまた向き合う気持ちになれる」、と表現できるようなものだ。ランニングだけではなく、夜少しの時間を見つけて泳ぐようにもなった。


特に水泳、ランニング、ヨガなど一人で行うスポーツは、身体の動きとしては単純(もちろんアスリートが向き合う水泳やランニングは、単純性とは逆のベクトルからのアプローチであるが)なので、頭を空っぽにできる気がする。


その時間無心になることで、心身を整えてくれる効果が得られるように感じるのだ。過去に非常に精神的に落ち込んだ時も、ヨガを集中的に行い、随分救われたものだ。


ただヨガは呼吸も相まってメディテーションの効果が元来あるものなので、今回のような走る、泳ぐといったもう少しアクティブなスポーツとは少し線引きされるものだと思っていた。が、こうして疲労のさなかに、疲労回復のために運動するという意味で、ヨガと水泳やランニングとは、私の中では同じカテゴリーに位置づけられるようになった。


今、私にとってのスポーツとは、エクササイズ、あるいは楽しみ、趣味という感覚では全くなく、日々のデトックス、という存在と言える。さて、シンガポールでは毎年12月にシンガポールマラソンが開催される。東京マラソンのように、多数の人が参加し、5km、10km、ハーフ、フル、エキデン、と参加カテゴリーも豊富なイベントである。


また非常にデジタル化されていて、レベル別トレーニングガイドや、栄養ガイドもダウンロードできるし、当日ともなるとゼッケンに埋め込まれたマイクロチップを読み取って、個人のラップタイムを細かく出してくれる。


さて、そんなシンガポールマラソンには、私の友人も何人か参加しているのだが、昨年末ハーフを走った一人の経験も、興味深いものである。彼は普段からスポーツ好きで、週末ともなると子供とバスケットボール、筋トレ、ランニング等を欠かさない人である。


走り終わった後「完走した、なかなか良い走りで、大満足」というメッセージが入った。それはさぞかし良いタイムでゴールしたのだろうと思って後から話を聞いたところ、実際はゆっくりしたペースでしか走れなかったらしい。


シンガポールは日が昇るとどんどん気温が上がるので、マラソンのスタート時間は暗い時間、特にフル、ハーフは朝の4:30から、と設定されている。ハーフで2時間程度で走る人は、まだ暗いうちにゴールすることになる。


その友人は、ある程度早いタイムで走ることを前提にエントリーし、早めのスタート時間で組み込まれていた。しかしスタート地点への当日の到着がギリギリになり、遅い時間のスタート組み、つまり走るペースが比較的遅い組みに廻されてしまったのだそうだ。


多くの参加者でコースが混みあうので、自然と自分のペースを落とさざるを得なかった。ところがそれが意外にも、結果的に「良い走り」と感じられたらしい。早いスタート組みの場合、周りのペースの中で、「頑張る走り」になっていただろうし、順位を上げることにも頭を使い、最後の追い上げなどもしたはず。


しかし今回はスタートからゴールまで、全く同じペース、しかも自分としては、タイムを上げることを諦めざるを得ないこともあり、逆に相当抑えたペースで走ったとのことだった。


「頑張る走り」の場合、長距離を完走後に免疫力が低下することを実感するが、今回は終了後の体調もすこぶる良く、身体も軽く、気持ちの上でも満足感が数日持続したとの事だった。「良い走り」が出来て、心身デトックスしたのかも知れませんね。」という会話を後日したのだった。


スポーツと人、生活の関わりよう、その奥の深さは、スポーツにおけるマーケティングの切り口が想像以上に多様であることを示唆している。2019年から2020年にかけて様々なスポーツを基軸とした価値がさらに社会の中に広がることを期待している。



松風 里栄子(しょうふう りえこ)株式会社センシングアジア 代表取締役
博報堂コーポレートデザイン部部長、その後博報堂コンサルティング 執行役員、エグゼクティブマネジャーを経て、2014年、アジアへの海外進出支援を行う、センシングアジア創業。海外市場参入時の事業戦略・事業計画・マーケティング戦略と実行支援、コーポレートブランド戦略、CMO、マーケティング組織改革、M&A、ターンアラウンドにおけるブランド・事業戦略構築、新規事業開発で多くのコンサルティング実績を持つ。

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