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多様化から多層化へ

(こちらの記事は、マーケティングホライズン2019年1月号『スポーツ2019 2020』に記載された内容です。)


「ALL or NOTHING」という映像コンテンツが大変面白い。

これはAmazonの動画配信プラットフォーム「prime video」で提供されているAmazonオリジナルのスポーツドキュメンタリー番組である。ニュージーランド代表のラグビーチーム「オール・ブラックス」、サッカーのイングランドプレミアリーグ「マンチェスター・シティ」、アメリカンフットボールの「アリゾナ・カーディナルス」など超一流のスポーツチームを長期にわたって密着取材して、監督や選手、フロントやファンの喜怒哀楽、そして葛藤をリアルに描き出している。スポーツ好きにはぜひお勧めしたい番組である。


私がこれらのプログラムを見て強く感じたのは、「層の厚さ」である。これは単に、一流選手の在籍数や経営的な資金の豊富さを言っているのではない。それぞれには相応の長い歴史があるので、必然的に蓄積していくものがあるのは当然だが、チームという「地層」を積極的に深めようとする意志を感じるのだ。


「層」という点を、プロ野球チーム「広島東洋カープ」(以下「カープ」)を例にもう少し具体的に説明してみたい。カープはかつて慢性的な資金難ゆえに戦力の獲得・維持に大変苦労をしていて、浮き沈みこそあれ「Bクラス」(リーグ下位)の常連であった。


しかし、その後、「スタジアムのエンターテインメント化」、「地域性の強い押し出し」、「選手の育成システム強化」、「ファン・コミュニティを大切にする」など、様々な施策を継続的に打ち出していった結果、チームの内外に好循環が生まれるようになった。それはチームの強さに直結し、直近3年間はカープがセ・リーグを制覇しているのは、みなさんご承知の通りだ。


資金力を武器に実績ある選手をかき集めてチーム強化を図るのが、「ひとつの平面をより大きなものへと拡大していくこと」だとするならば、カープの採った戦略は「多くの平面を立体的に積み重ねることで、層の厚さを作り出すこと」と言えるのではないだろうか。そして私はこうした「多層化」の考え方は、これからの時代の重要な概念ではないかと考えている。


ここで私の本業である外食産業の話を少しさせていただきたい。外食産業では長きにわたって「業界開発競争」が繰り広げられてきた。要するに、「次は何を打ち出した店をやるべきか」というアイディア比べだ。ジンギスカン、立ち飲み、もつ焼き、ハイボール、窯焼きピザ、日本ワイン、パンケーキ、熟成肉、クラフトビール。挙げていけば文字通りキリがない。


しかし、実はこの数年大きく様相が変わってきた。業態が飽和しきってしまい、外食マーケットという同一平面上には、もう空いているスペースがなくなってしまったのだ。


それでも何か新しいものをという思いでつくられる店舗は、「鹿肉料理店」とか「ムール貝とフライドポテト専門店」とか「熟成テキーラの充実したバー」とか、どんどんニッチに、マニアックになっていく。


もちろん経営者や一部のお客がそうしたものが本当に好きであれば、それ自体を否定するものではない。けれども、「世の中がそれを必要としていますか?」という疑問を思わず抱いてしまう。私には、同一平面における「多様化」の競争はもう不要ではないかと思えてくれるのだ。


私の知人が、ベトナムで「4P’s」というピザレストランを経営している。経営店舗はすでに10店に達し、業績は極めて堅調だ。非常においしいピザ、気持ちの良いサービス、素敵な店舗空間を提供する素晴らしいお店だ。


しかし私が注目しているのは、彼らの店を構成する要素の「層の厚さ」だ。ピザに欠かせないモッツァレラチーズが現地で入手できないとなれば、乳牛を育てるところまで取り組んでしまう。


顧客からのアンケートやSNSへの反応をもとに独自のアルゴリズムを組んで店舗評価の指標とし、それをスタッフと常時共有する。店内のBGMに満足が行かなければ、ミュージシャンと組んで独自の選曲をしたり、あるいはオリジナルソングを作曲したりするところまで取り組んでしまう。


競合が「4P’s」という店の成功を見て、表層的に似たようなピザレストランをつくることは可能だ。しかし、彼らの真の強さはそこではない。長きにわたって積み重ねてきた独自の取り組みによって、容易には揺るがない重層的な価値を築いているのだ。


こうしたことを見ていくと、日本の外食で今求めてられているものは、目新しく奇抜な業態ではないということを改めて感じる。むしろ、みんなが必要としているのに存在していないものと言えば、多くの人の日常を豊かにしてくれる食事業態ではないだろうか。


例えば、「定食屋」。おいしい料理や、温かい接客、手頃な価格などは当然だが、「生産地・生産者との良好な結びつき」、「便利な注文・決済システム」、「店と顧客が有機的に繋がる会員プログラム」、「働き手が集まってくる仕掛け」など、多くの層を積み重ねた業態に未来の可能性を感じる。


私の考えるこれからの時代のキーワードは「多様化から多層化へ」。もちろん多様化を否定しているのではない。単純に多様性を追求し、それに応えていくだけではなく、様々な層を積み重ねていくことによって新たな価値が生まれるように思うのだ。それによって、ブランドには深みやストーリーが生まれ、それが本質的な差異化を生み、誰にも真似されない独自のポジションを築くことに繋がっていくのではないだろうか。




子安 大輔(こやす だいすけ)株式会社カゲン 取締役
1976年生まれ。東京大学経済学部卒業後、博報堂入社。マーケティングセクションにて食品、飲料、金融などの戦略立案に従事。その後2003年に飲食業界に転身。飲食店や商業施設、ホテルなどのプロデュースやコンサルティングに数多く関わる。著作に「『お通し』はなぜ必ず出るのか」「ラー油とハイボール」(ともに新潮社)など。食について多様な角度で学ぶ社会人スクール「食の未来アカデミア」主宰。

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