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「喫茶ランドリー」で何しよう

(こちらの記事は、マーケティングホライズン2018年9月号『ふらり。 …隙間と自己調律』に記載された内容です。)

築55年、元は手袋を梱包する工場だった空きビルの1階で、何らかの事業を入れたい、との相談を受けた。

街の特性などを鑑みてランドリーカフェを企画提案したところ、事業者探しに難航し、結果、自分で開業することになった。そんなドタバタの中で「喫茶ランドリー」を始めて、半年以上が経過した。名前の通り、洗濯機のある喫茶店だ。それだけでなく、ミシンやアイロンもあり、店内の一角は「まちの家事室」という位置づけになっている。


全くの未経験。喫茶店経営はおろか、ランドリーについても何のノウハウもない。物販だろうが飲食だろうが、店を持つ予定もなかったのだ。ただ、スペースを自分で作ることには、興味があった。


私は2016年に、建物の1階や広場、公園といった地面全般のプロデュース業を行うために、グランドレベルという会社を立ち上げていた。


高層マンションや商業施設、行政施設など、さまざまな1階に、もっとひとの居場所をつくるべきだと思い、そのような仕事を請け負いたいけれど、チャンスは待っていても来ない。ならば自ら手がけてみたい、という想いがあった。


会社を興す前、私は建築関係の執筆などを行い、メディアづくりを生業としていた。建築や建築家を取材しながら、やがて個人的な興味は都市や社会、それらを作り、使う、人間へと移っていった。


元も子もない表現だが、人はよりしあわせなほうがよい。しあわせとは何か、人々が無理なくしあわせを感じられるためには、どうしたらいいのか。取材やワークショップの開催などを通して、また日常生活でさまざまな人に出会い、彼彼女らを見ていて、そして自分自身についても考えたとき、自分なりに大事だと思える要素が3つ見つかった。


それは「多様/自由/許容」の3点である。どれもその主語は自分であり、他者でもある。自分も他人も多様で自由で、互いを許容できる。それはよりしあわせを感じられるための要素でありながら、社会的に足りないように感じられるものでもあった。


社会にその種をばらまくことは難しい。だが、ひとつの場所を持ったら、そこでささやかに具現化できるのではないだろうか。こうして、「喫茶ランドリー」をやる理由と、何を目指してやるかというヴィジョンが、両輪で立ち上がっていった。


物件は住宅地の一角だ。倉庫や工場の多かったエリアで、元々商店街やいわゆる街並みという風情はない。ただ、ここはこの10年あまりで急激にマンションが増えているエリアでもあった。マンションが増えたということは、そのぶん垂直方向に人口が増えているはずである。


しかし水平方向に、つまり地面に立ってこのエリアを見渡したとき、そのひとけは10年前とまるで変わらなかった。倉庫や工場に代わってマンションのガレージやエントランスホールが並ぶ様子は、以前よりもつめたい印象さえ受ける。

だから「喫茶ランドリー」は可能な限りガラスの開口を大きく持たせて、外と内の気配が互いに感じられる関係にこだわった。


もうひとつこだわった点は、潜在的能動性のためのデザインをとことん実践したことだ。「多様/自由/許容」の3点は、私たちが一方的に商品やサービスを提供し、お客さんがただそれを消費するという関係では、実現できないと思った。事実、私たちはモノも情報も飽和した世の中に生きている。


ならば自分も同じように提供者として街に立つのではなく、逆に街の人がこの場所をそれぞれのアイディアで遠慮なく、能動的に使いこなしてくれる場所にしたいと思った。


ここに来たら学校より、家より職場より、自分らしく居られる!そう感じてもらえる場所のデザインとは、どのようなものだろう。ただのがらんどうの箱ではないだろう。うんと洒落た、最先端のセンスに満ちたものでもない。何の美意識もない殺風景なものでもない。


そう突き詰めたときに浮かび上がるものは、たとえばうっすらと引かれた「補助線」だった。真っ白な画用紙に、いきなり自由に描けと言われても、戸惑う人のほうが多いだろう。


しかし、そこに取っかかりとなる程度の、ほどよい線や下絵があったら、そこからなら始められることが、あるのではないだろうか。ここにいたい、ここでなら何かできる気がする。ちょっとだけ素敵だと思えるデザインが空間上の補助線となり、人の能動性にスイッチを入れてくれるのではないかと考えた。


洗濯機を置く理由は紆余曲折した。いわゆるコインランドリーとして、24時間無人で稼いでくれる、という理由もあった。けれど、完成した「喫茶ランドリー」の洗濯機はコイン式ではなく、レジで会計を済ませて利用してもらう、極めてオペレーションを要するタイプとなってしまった。


結局は、これでよかった。お使いください、自由にどうぞ、ごゆっくり。他社ではできるだけ省こうとしているオペレーションが、遠慮深く恥ずかしがり屋な人々の背中を日々そっと押して、能動的に過ごすことをサポートしている。


「喫茶ランドリー」は私設公民館だ、とよく話す。基本的に何をして過ごしていてもいいし、レンタルスペースとしてのニーズも高い。「喫茶ランドリー」で何しようって考えるとワクワクして眠れない、と笑って言われたこともある。

この空間の日常を眺めていると、他のどこでもあり得ないような光景にばかり出くわす。人々の能動性が発露するとこうなるのか、と感嘆の連続だ。多様で自由で、それを許容する。その態度は他の誰よりも「喫茶ランドリー」を作った自分たちが、お客さんや地域の人々から学びとらせてもらっている。




田中  元子  (たなか  もとこ)
株式会社グランドレベル  代表取締役
独学で建築を学び、2004年、大西正紀と共に、クリエイティブ・ユニットmosakiを共同設立。建築やまち、都市などの専門分野と一般の人々ととをつなぐことを探求し、建築コミュニケーター・ライターとして、主にメディアやプロジェクトづくり、イベントのコーディネートやキュレーションなどを行ってきた。
2010年より「けんちく体操」を広める建築啓蒙活動を開始。同活動は、2013年に日本建築学会教育賞(教育貢献)を受賞。2012年より、ドイツ、南アフリカなど、海外へと活動を広げる。2014年、毎号2万字インタビューを3万部印刷し、全国の建築系教育機関等へ無料配布する建築タブロイドマガジン『awesome!』を創刊。同年、都会の遊休地にキャンプ場を出現させる「アーバンキャンプ・トーキョー」を企画・運営(協同)。同年、『建築家が建てた妻と娘のしあわせな家』(エクスナレッジ)を上梓。
2015年よりプロジェクト『パーソナル屋台が世界を変える』を開始。2016年、株式会社グランドレベルを設立、代表取締役社長。2018年、『マイパブリックとグランドレベル』(晶文社)を上梓。

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