自動運転とステッピングストーン戦略 (Autonomous Vehicles and the Stepping Stone Strategy)

自動運転車が大きな注目を集めています。

しかしながら、自動運転車は技術が転換するときの初期の段階にあるに過ぎない、と言った方がよいでしょう。1995年にインターネットが普及しはじめた頃にように、いまだ欠けている要素が多く、自動運転車のエコシステム(生態系)づくりには、まだまだ時間がかかります。

私の見方ですが、不確実性の高い新たな交通手段である自動運転に対しては、「お金を投じて、モノになるよう期待する」のでなく、ステッピングストーン(踏み石)の考え方で取り組む方が、企業にとって適切だと思います。

(自動運転レベル3※1用の技術など)自動運転車の背後にある多くの技術は、調査会社ガートナーが提唱する「ハイプサイクル※2」におけるピーク(頂点)に位置しています。

※1:ガートナー社が提唱した、新技術の期待度が時間経過と共にどのように変化していくかを表す図。サイクルのピーク(頂点)にあると、過度な期待へと熱狂しているため、踊らされず注意して向き合うとよい。
※2:自動運転における5つのレベルの一つ。機械が走行全体を制御するが、人間は常に同乗して機械が対応しきれないことが発生すると人間が制御(運転)を担う。

過熱する投資

企業は、主要な転換期の初めには、妥当と思われるよりも大きな賭けに走ることがよくあります。ゴールドラッシュの時代には、我先に自分のものだと勝ち名乗りをあげようと競いました。

ところが、これから世界を変えるかもしれない(が、先の見えない)技術の萌芽に前のめりで経営資源を投じて、これまで企業の多くが後悔する結果となっています。

現在の自動運転技術関連への投資の過熱について考えてみて下さい。ブルッキングス研究所の報告によると、自動運転技術に対する総投資額は、2014年8月から2017年6月までの約3年間で800億ドル(9兆円弱)を超えています。

つまり、自動車メーカー、部品サプライヤー、テクノロジー開発会社など自動車産業に関わる企業は、みなそれだけ大きな額の賭けをしているのです。

自動運転技術の限界を知る
いま自動運転車は、人が運転するクルマ、ほかの自動運転車、自転車、歩行者、ペット、道路工事、迂回路など、公道で出くわす多様なものが混ざり合った環境に置かれています。

いろいろな実験により、ほとんどの部分で自動運転が人の運転技術に近づく(またはそれを上回る)能力があると示されていますが、ある程度の予測不可能な状況ではうまく運転できないことがあることも分かりました。

例えば、グーグルの自動運転車が四差路の交差点で自転車と出くわしたとき、止まったまま前輪や後輪を浮かす自転車のアクションに面食らって立ち往生しました。予期せぬ、時には(死亡2名を含む)悲劇的な結果という、より深刻なケースも起こっています。

まだ早すぎるのか?
所有し保険をかけて駐車場を確保して人が運転するいまのクルマから、自動運転車へと移りかわる初期の段階にある、いまの時点では、まだ大きな投資をするには時期尚早だと言えます。

なお、これは私一人が言っているだけではありません。ガートナー社は、本当の意味での自動運転車が世に出るには10年またはそれ以上の時間がかかるとみています。そして、ガートナーの「ハイプサイクル」のまさに頂点にあり、熱狂に注意すべしと指摘しています。

これは、インターネットが小売をどのように変えたか、その例を当てはめるとわかりやすいでしょう。アマゾンが最初の本を出荷した1995年には、小売業の環境は短期間で大転換するとの観測がありました。便利だからと消費者は家にいながら何でもネットで注文して宅配してもらうようになると言われていました。

差し迫った危機の予兆を注視した小売業者は、早速に.comのドメインネームを入手し、ウェブページやバナー広告などを始め、この変化がもたらすチャンスを活かそうと努めました。生き残った小売業者やAOL創業者スティーブ・ケースは、 この混乱期を「ハイプフェーズ」と呼んでいます。

1995年のインターネット勃興期を思い出してみてください。その頃はまだ、パソコンを所有しているアメリカ世帯はわずか40%にすぎませんでした。しかもインターネット接続はダイヤルアップで、ネットでの支払い方法も確立していませんでした。ネットで買った商品の送料が、商品そのものより高くなることもありました。

要するに時期早尚で、事業モデルが穴だらけだったのです。残念ですが、初期のインターネット小売業者の多くは失敗しました。つまり、当時はインターネットという技術を過大評価するに終わったわけです。結局は、値引き、セール、クーポンで競争するという従来のビジネススタイルに戻りました。

ですが、ウソではなくやがて本当に転換期がやってきました。常時接続ブロードバンドの登場によりオンライン体験は向上し、注文、支払い、そして出荷のための仕組みが整いました。いまや、従来型の小売は全面的にネットに押され、大きく後退しています。

ステッピングストーン(踏み石)戦略
息を呑むような技術の進歩にもかかわらず、複雑な現実の下で走る現在の自動運転は、ダイヤルアップ時代のインターネットのようなものです。

道路は様々で標準化されておらず、(交通規則や信号を無視して路を横切ったり、歩いてはいけないところを歩いたり)人々はルール通りに振る舞ってはくれません。他のドライバーも何をやるか分かりません。

保険や法律など、今日のクルマを取り巻くサービスその他が、自動運転にはまだ整備されていません。しかも、米国における自動車の平均耐用年数は 11年を超えています。つまり(買い手や値段を心配する前に)自動運転車が販売されたとしても、現役のクルマが引退するまで10年以上かかるでしょう。

 要するに、1995年のインターネット小売業と同じように、いまの段階での自動運転車のエコシステム(生態系)は未熟です。しかし、自動車業界に携わっている人なら、自動運転を気にせずにすむわけはありません。

ですが、高い不確実性の下で、引き返せない大きな投資を行うには、注意する必要があリます。このような状況で取り組むには、私が「踏み石」と呼ぶ戦略を使って下さい。

 技術と市場の両方とも不確実性が非常に高い場合に投資を行うなら、「踏み石」とすべきです。その技術が機能するかだけでなく、技術の立ち上げに必要な法律、規制、技術標準や制度的合意などが、技術的不確実性です。

どういう顧客が、どんな問題解決のために、どのチャネルで、いくら払うかなどが、市場の不確実性です。現時点の自動運転のあり様は、まさにこれらの不確実性を孕んでいます。

何もしないですますのは、迫り来る重大な変曲点が目の前にあるのに、何ら選択肢を持たない手足を縛ったようなに状況に、自らを置くのと同じです。でも、過剰な投資もしたくはない。

頭が痛く金がかかる問題について、他に解決策がないが、新たな技術(や解決策)をいまあるままで実装するのが役に立つ、そう顧客がはっきりと分かってくれる、市場セグメントを見出すことが、踏み石戦略の要です。

このように慎重に考えた計画を、「踏み石」に例えて呼びます。おそらく最終的なターゲット市場ではありませんが、受け入れてもらえエコシステムを醸成できる市場に向けて、ステップを踏み出すことができます。

実例を紹介しましょう。RFIDは、初期に描かれた野心的なビジョンでなく、動物の耳のタグなど、最初はそれほど難しくない環境でテクノロジーを使うという、踏み石戦略のやり方で商品化されました。

ナノテクノロジーの最初は、(カプセルのように飲み込んで手術をしてくれるナノ治療機器など)飛び抜けて難しい用途ではなく、リンクルフリー(形態安定)のドッカーズ(リーバイス系のブランド)のパンツなどのより容易な用途から、立ち上がりました。

自動運転技術がすぐに使える用途は?
FordやGoogleに匹敵するほどの予算がない企業が、自動運転車の分野で存在感を得るには、賢くかつ洞察力をもって、初期に立ち上がる「踏み石」をとらえる必要があります。

適切な「踏み石」市場の条件は、
●第一に、非常にコストがかかっているか悩ましい顧客の問題を解決するもの。
●第二に、顧客に体力があり、ソリューションへの対価を払ってくれるもの。
●第三に、技術が(開発が進んだ将来でなく)今のままで、問題を解決できること。

戦略立案者は、価値のある市場やセグメントを特定する初期の探索において、これらのガイドラインを使うとよいでしょう。では、この三つを順番に追ってみましょう。

自動運転こそが解決策となる、コストややっかいな問題のある市場はどんな種類があるでしょう?まず明らかなのは、自動運転よりも有人車両の方がリスクがとても大きいです。陸軍は、車両を運転するために危険にさらされる兵士が少ないほどよいので、市場として考えられます。

例えば、ロッキード・マーティン社は、先導する2人のドライバーを乗せた有人車両に7台の無人車両がついていくという半自動運転の開発に成功しました。これは、戦闘中にポイントAからBまでの移動に際し、危険にさらす人数を14人減らす利点があります。

ロッキードが探求している第2の用途は、小分隊任務支援システム(Squad Mission Support System)と呼ぶものです。これは運転手の兵士いらずで、部隊と共に移動して武器を運んでくれるロボットのシェルパのように機能する、歩兵用の小型無人車両です。安全な兵站供給ラインを確保し、従事する人々のリスクを減らすことは、大きなメリットです。

兵隊の命を救い、戦闘能力を向上させることができる解決策に、対価を支払うための資金を軍はもちろん持っています。つまり、第二の条件を満たしています。

そして、まだ完全ではないいまの自動運転の技術を使用する意思があるので、第三の条件に合致します。一般の市街地を走るにはまだ十分ではありませんが、制御された軍事用途において大きなメリットをもたらすには、これらの車両の技術は十分に開発済みと言えます。

自動運転車がもたらす機会にどう取り組むかについて私が最後に注意したいのは、メーカーが現状に縛られ、そこから発想していることです。(馬のない馬車から出発した従来型の)クルマに色々と技術をくっつけたものをよく目にしますが、これでは未来は創れません。

クルマという既成概念に引きずられず新鮮な気持ちで、白紙から自動運転の利得を作り上げようと試みることをオススメします。実際、最初は自動車産業ではなくロボット工学の技術が自動運転車の利得を実現したとしても、私はまったく驚かないでしょう。

(リタ・マグレイス教授2018年5月ニュースレターより)
※本記事の原文はこちら>>https://mailchi.mp/ritamcgrath/4eavtdyp4c-1045381


【本荘コメント】
いま米国の経営学者で最も切れ者とも言われるマグレイス教授の、自動運転への企業戦略についての提言は実にシンプルだ。
世の中の熱狂に踊らされてはならない、理知的かつ現実的に踏み石として直近の市場を特定して取り組め、という。何もしないのは愚鈍だが、神頼みの様に多額を投じると後悔する、と戒める。
そして最後の段落が読者をハッとさせる。自動運転に限らず、もっと大きな視野で交通革命におけるチャンスを探った方がよいだろう。その上で、踏み石は何か、探求してみられたい。


リタ・マグレイス(Rita Gunther McGrath)
コロンビア大学ビジネススクール教授。コーポレート・アントレプレナーシップと戦略、イノベーション、成長の専門家。2016年ウィーン戦略フォーラム「実践のための理論」賞を受賞。「Thinkers50」の経営思想家グローバルランキングで2013-17年10位以内。著書「競争優位の終焉」(原著2013年、日本版2014年)は、「Strategy+Business Magazine」ビジネスブック・オブ・ジ・イヤー1位、ビジネス書専門店「800CEOREAD」一般ビジネス書賞1位。
共著「Discovery-Driven Growth」などで提唱したツールを教育・コンサルティングする会社Valizeを創設している。情報技術ディレクターなどをへて、二つのビジネスを立ち上げたのち、1993年より現職。ペンシルバニア大学ウォートン経営大学院で博士号取得。
※マグレイス教授のウェブサイトはこちら >>https://www.ritamcgrath.com/

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