《劇的な変化がもたらすチャンス》交通革命で何が変わるのか?

(こちらの記事は、マーケティングホライズン2018年8月号『交通革命、その先:変わる生活、生まれるビジネス』に記載された内容です。)

規制や実現性など目前のことに縛られがちですが、どんな未来が見えるのか?チャンスはどこにあるのか?思い切っていまを超えた議論をしてみましょう。

短期でなく超長期、それも従来の交通を超える視野で、「その先」を探ってみます。

ライドシェアや自動運転、EVからいま見える姿
米国ライドシェアの雄Lyftの共同創業者John Zimmer氏は、2016年9月のブログに、次のように書き記しています。

・自動運転車が広まり、5年以内にLyftのサービ    
  スの大半を占める
・2025年までにアメリカの主要都市で、クルマ所 
  有が終わりを告げる
・都市の物理的な環境は、かつて経験したことが 
  ないほど大きく変わる


また、ボストンコンサルティンググループ(BCG)が昨年公表した調査結果では、「2030年までに、アメリカの道路を走行する車の全走行距離の4分の1が自動運転に置き換わる」と予測しています。時期の差はありますが、リフトの共同創業者と同じ方向性です。


BCGはさらに「ライドシェアや自動運転車、EVの普及により、移動コストは6割削減される」とも示しています。自動運転車はそれ自体が高額でも、現状タクシー料金の7割以上を占めている人件費が削減され、クルマをシェアすれば、経済的なサービスとして使えます。


交通ネットワークが起こす変化
これまではドライバーが操作する1台1台バラバラだったクルマが、ネットワークされることで、自動運転車「群」となります。こうなると、もはやシステムとして捉えた方がよいでしょう。すると効率も利便性も上がるわけです。


新しい交通システムが実現すると、都市に大きなインパクトをもたらします。まず、都市交通全体の変革です。自動運転が実現していない現在でも、アメリカではUberとLyftの2社で1日約700万の人を運んでいます。これはタクシーの3倍、バスの半分にあたるとか。また、料金が安く、ユーザーの満足度も高いこの2社は、地下鉄など公共交通機関のユーザーを取り込んでいます。


ネットワークされた自動運転車が現実のものとなれば、さらに驚くような変化がおとずれるでしょう。Lyftの幹部は、「新交通インフラができたら、従来のバスの多くは要らなくなる」と語っています。つまり、バスや電車など他の交通手段と組み合わせて、ゼロベースでの最適化ができるようになるわけです。


それにともなって、都市デザインの変革も必要となるでしょう。現在は、駐車場、道路などクルマのためのスペースは都市のなかでも膨大で、言わばクルマ中心とも言える都市デザインで、歩行者は肩身の狭い思いをしています。


でも将来、マイカーは減り、クルマの稼働率が上がり、駐車スペースは大幅に少なくてすむようになるでしょう。ちょっと遠くにあるお店でも、駐車場を広くとらなくてよくなり、お客さんも低コストで行けるようになります。


あるいはお店が移動してやってくるようになります。自動運転車は乗客を降ろした後は離れた場所にある駐車場に行けばいいので、都心や駅前などの駐車場の需要は減るでしょう。こうなると都市のデザインは一変し、不動産活用も劇的に変わります。


交通なき部分に交通が
ここまではすでに言われている視点から議論してみましたが、現状を超えたスコープでも考える必要があります。本号の複数の記事で「ラストワンマイル」がキーワードになっていますが、例えばカナダのスタートアップVeloMetro Mobilityは、運転免許なしで駅と目的地の間のラストワンマイルをつなぐ、シェア用の動力補助付きペダル式三輪車(屋根付き)を開発しています。


また本号記事で会津泉教授は、低速や1-2人乗りの「小さな交通」を提唱しています。これはボトムアップのニーズと草の根的な小さなクルマの開発が、革新を起こそうとしている分かりやすい例です。世界的に、こうした小さな交通は新たなチャンスとなるでしょう。


交通は、平面でなく縦に見ることも大切です。例えば川崎などでは、交差点で歩行者を待つから流れが悪く、幹線道路の渋滞が起こります。渋谷など主要駅周りも渋滞に悩まされています。歩行者を2-3階に上げて地面は自動車を、と縦に分ければ大きく改善できます。


「縦」に、もっと大胆なビジョンもあります。2012年に森ビルが発表した『最新のモビリティシステムを導入した新しい都市の提案』の「ガレージレジデンス」は、高層階の自宅からEVに乗降します。「地上から高層階の自宅まで車を移動させることで超高層住宅の可能性を広げます。


これまで付帯施設であった駐車施設は、生活により密接につながり、人々のライフスタイルが変化します。」とのこと。「街中の移動をもっとスマートに!」と唱う将来ビジョンには、タテヨコ自動走行で店舗前に到着するスタンディング・ビークル、カフェ感覚で座って移動するコミュニティ・ビークル、大人数で会議をしながら移動するカンファレンス・ビークルなどが描かれています。


ホンダがCES2018に展示したロボットにも、こうした新たな交通への提案が感じられます。チェア(椅子)型のロボティクスデバイスは、目的地までのラストワンマイルの移動をサポートし、成人だけでなくベビーカーや荷物カートなどに使えます。


また、車輪付きのロボットは、ドリンクを配ったり決済機能もつけて売り子にもなります。街の中そしてビルの内外でモビリティを提供するビークルには、小さい街を支えるシステムとして、新たな交通を期待してしまいます。


このように「小さな交通」や「小さな街」といった切り口は、交通革命のポテンシャルを拡大するでしょう。他にもイーロンマスクはロサンジェルスの地下に超高速交通の計画(ハイパーループ)を出していますが、従来とは違うモビリティの可能性から、チャンスを見出すことができるでしょう。


テクノロジーのとらえ方
本号の複数の記事でマルチモーダルがあげられていますが、これはいくつかのレベルで捉えた方がよいでしょう。


マルチモーダルが目指すレベルの前に、各交通機関が横に連携するビジネス・プロセスの革新なら大げさな技術を使わなくてもやれることは大いにあるはず。これはリタ・マグレイス教授の「置き石」戦略のように考えればよいでしょう。


マルチモーダルの先には、本稿で先にあげた「群」のように一つのシステムとしてとらえる姿があります。この時、個別のクルマや移動手段は、システムにつながった端末の位置づけになります。いずれにせよ、個々の移動体と交通システムの両方が相まって、交通革命が実現されます。


また、リタ・マグレイス教授は本号記事で、自動車メーカーが従来の枠にとどまっている、他の分野からブレークスルーが生まれるかもしれないと指摘しています。我々も既存のクルマの枠を超え、自動運転、EVなどよく話題になる技術を超えて、目を開かねばなりません。


街には無数のセンサーが配備されます。道路や建物などに埋め込まれたセンサーは、車両(や歩行者)とデータをやりとりし、交通の流れの改善や安全を向上し、さらに新たなサービスも可能になる。それに、クルマだけでなく、人やバイクやリクシャーなど混沌な環境での自動運転化には、こうした総合的なシステムが有効でしょう。


なお、技術はこうしたインフラ側だけではありません。例えば、いまの自動車は振動と音が課題です。これが解決すれば、クルマは「寝る移動」を提供できます。新幹線や飛行機のビジネスクラスでしっかり眠って現地でバリバリ仕事をする人もいますが、いままで自動車では容易でありませんでした。


しかし、MIT発のスタートアップClearMotionは、悪路でもボンネットに乗せたシャンパンタワーをこぼさず走れる技術を開発しています。揺れないクルマが広まると、寝室だけでなくリビングやオフィス、あるいはお店に代わるほか、新たな乗車体験を提供することが可能になり新サービスが生まれるでしょう。


また、先にあげた「小さな街」用の移動ロボットは、さらに色々な技術でチャンスをもたらしてくれるでしょう。技術革新の可能性は、まだまだ広がります。


市場を一律にとらえるな
ここまでソリューション(解決策、つまり技術や製品、サービス)など供給側を中心に話を進めてきましたが、事業創造で最も大切なのは、「誰のどんな問題」を解決するかということです。これなしでは、ひとりよがりや空振りに終わります。


松風編集委員の記事はインド市場が日本や欧米とは全く異なること、デンソー成迫氏インタビューは東南アジアでは米国などで成功したUberではなくマレーシア生まれのGrabが成功していること、を言っています。


つまり、「交通革命」の現実において、市場の視点が極めて重要なのです。いくら技術やビジネスモデルがあっても、市場とマッチしなければ空振りします。


交通は生活や活動に根ざしたものであり、一律なやり方では対応できません。インターネット上のサービスでも市場による違いは課題ですが、交通では桁違いに大きな問題です。逆に言えばチャンスでもあり、Grabはその一例です。


Grabがクルマだけでなくバイクや三輪タクシーまで配車するのはよく知られていますが、クレジットカードがメインのUberと違い、Grabは始めから現金支払いを受け入れ、いまでは幅広く使える電子決済サービスを提供しているのがポイントです。インドネシアでGrab に勝るGo-jek も、フィンテック企業を買収して決済事業を拡大しています。


成長市場には根本的な問題が転がっています。これは逆にやりがいのあるチャンスと捉える事ができます。また、これは国単位だけでなく、地域により状況もニーズも異なります。本号の覆面インタビューでも、日本は政策が一律と指摘されていますが、ニーズとのズレにチャンスが見出せるのではないでしょうか。


移動×ユーザーニーズ
ここまでマクロの視点で捉えてみましたが、ボトムアップのユーザー視点から考えてみましょう。


Grab のライバルでインドネシアのGo-jek は、バイクタクシー以外に実に幅広い便利サービスを提供しています。食事のデリバリー、買い物代行、荷物の配達、引っ越しの手伝い、チケットを買う代行、薬のお届け、マッサージ師を呼び出す、お掃除、自動車修理、ネイル・美容サービスなどなど。Gojekでインドネシアの人々の生活が大きく変わったといいます。


運転免許なしで米国で暮らしている三浦さんの記事には、新たなサービス群の息吹と、ユーザーの生活が変わっていく様子を感じていただけたでしょう。ユーザーの生活を一変させ、移動にとどまらない付加価値を提供する、そんなサービスにワクワクした読者もいるでしょう。ユーザー視点から様々なニーズが浮かび上がり、それがチャンスになります。


これまで交通は、ほぼ「移動」しか価値を提供してきませんでした。あっても一等やビジネスクラスなど、グレードに差をつけるくらいで、汎用的なサービスに集中してきました。しかし、子供、お年寄り、病人や観光など、誰が何を求めているかは色々で、ユーザーもそれを求める時代になってきました。


自動運転であっても、子守、介護、看護はもちろん、荷物持ち、ガイド、そして話し相手、それも癒し系、応援団など交通だけでない様々なサービスのニーズがあります。つまり、交通革命の先には、テクノロジーと人の組み合わせにチャンスがあります。これにはユーザー目線が不可欠です。


ビジネスモデルを創る
Uber Eatsで配達するからと、客席ナシの飲食店を始める例が増えています。最小限のスペースで、配達もアウトソースだから、コスト構造が従来の店舗と異なります。これは交通革命によるビジネスモデル革新の初歩の分かりやすい例ですが、これから新たなビジネスがどんどん生まれるでしょう。


GrabやGo-jekは、生活に密着した毎日使うサービスを目指しており、Go-jekは地図システムや顧客データーベースをパートナー企業が使える戦略を示しています。どんなサービスが生まれるか楽しみです。


また、オンデマンドの公共交通機関が検討され、豪州では年内に実験を始める予定といいます。ある米国自治体はLyftと共同で、救急車などを含む交通の最適化を研究しています。公共交通も変わる方向を模索しています。


そして、Uber の新サービスExpress POOL は、合い乗りですがピックアップスポットに集まって乗り、ドロップオフスポットで全員が降ります。オンデマンドですが、バスに似たサービスです。あるコンサルティング会社は、8人乗りや16 人乗りのタクシーバスが増えると予測しています。


つまり、民間事業と公共交通が互いに近づいていくでしょう。そうすれば、いまのサービスや車両を超えた、新たな交通モデルが創られることになります。


また、本号の複数の記事で都市計画や地域のリーダーシップの大切さが指摘されています。公共交通と融合させ、センサーネットワークを組み入れた新たな交通インフラは、それ自体がチャンスです。街そのものがビジネスモデルになります。例えば北九州市が海外への技術移転で水道インフラを輸出していますが、国際協力どころじゃない大きな事業になるでしょう。


インターネット台頭の転換期はチャンスだらけでした。しかし、否定派や反対派が目立ったのも現実です。交通革命も、筆者が記事を出すと否定的な声が多く出ます。しかしこれは、関心の高さを示しており、それだけマグマが溜まっているのでしょう。移動を含め社会が変化する交通革命は、その先にチャンスの花が咲くことでしょう。




本荘  修二   (ほんじょう  しゅうじ)
本荘事務所 代表
多摩大学大学院経営情報学研究科(MBA)客員教授
新事業を中心に、イノベーションやマーケティング、IT 関連などの経営コンサルティングを手掛ける。日米の大企業、ベンチャー企業、投資会社などのアドバイザーや社外役員を務める。
500 Startups、始動 Next Innovator、福岡県他のメンターを務め、起業家育成、 コミュニティづくりに取り組む。

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