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インド、コネクティビティへのチャレンジ

(こちらの記事は、マーケティングホライズン2018年8月号『交通革命、その先:変わる生活、生まれるビジネス』に記載された内容です。)

スマホさえあれば、大概の場所へ行くことができる。

我々はそう思っていないでしょうか。どこかに行くときに、その行き方を教えてもらうことはほとんどなくなりました。体で覚える移動から、地図を覚える移動。そしてナビゲーションに頼るようになり、その主流デバイスは今スマホです。GPSと地図情報や公共交通情報、デバイスから送られる移動情報で、行き方だけでなく、所要時間もわかるようになっています。


しかし、それは新興国ではそうもいきません。インドは、その経済規模の大きさとは裏腹に、都市部でも、車が入る余地のない狭い道路ネットワークが多く、その多くが無計画につくられ、曲がりくねって突然行き止まりになる、といった具合です。


住所の番地は順番がぐちゃぐちゃ。通りの名前が突然変わったりすることも度々あります。グーグルマップなど機能しない場所は実に多く、筆者もムンバイの中心で、といっても上記のような狭く入り組んだ場所で、直線距離300mほど先にあるはずの場所にたどり着くまで半時間近くかかったことがありました。さらに、田舎では住所や番地すらありません。


本号のテーマは「交通革命」ですが、インドにおいては自動運転、ドローンを活用した配送など、位置情報等のインフラが整っていることを前提にしたテクノロジー進化はフィットしません。その一方で、2013年に始まったインドのEコマースブームはさらに加速し、様々なものがECサイトから購入できるようになってきた中で、デリバリー網の充実・拡大は各ECの主要課題となってきました。


特に商店や商品の品ぞろえの少ない小都市・農村部では、大都市部よりむしろECの潜在需要は高く、モバイル普及に伴うインターネット利用者の増加がそれを加速させています。


混とんとしたインフラの中で、どのように移動や配送手段を持ち込むか、あるいはそれをビジネスにするか。日本や欧米諸国とは全く違う発想が必要になります。


Distribution Revolution
そして今、インドの隅々までカバーする移動、配送網の構築をビジネスにするた、スタートアップや官民連携の新たなチャレンジが始まっています。


例えば、2015年に創業したバンガロールのスタートアップ、Connect India社。同社は、郵便番号のメッシュレベルで、インドの田舎までもカバーすることを狙っています。


Connect Indiaの運営モデルは、インドの25万か所に設置された、共通サービスセンター(CSC)と、独自に設置するコネクトインディアセンター(CIC)を連携させるというアイデアです。


CSCとは、政府がIT(情報技術)を活用した行政サービスを農村住民に提供するため、全国の農村部から募った起業家に運営を委託して設置したものです。農村住民は、出生証明書など行政書類の受け取りのほか、鉄道予約や送金などもCSCで行えます。


実際にアクティブにサービスを行っているCSCは、公表設置数字の7割にも満たない程度だと言われていますが、それでも官が後押しして拡大していることは確かです。


Connect Indiaは、このCSCを活用することを前提に、自社センターとして、ラスト1マイルの配送を手掛けるCICを各地に設置しました。CICは、既存の地元商店、薬品店やキラナと呼ばれるパパママストア、携帯電話ショップで構成されています。


住所さえない田舎において、近隣をよく知る地元のパパママストアの活用は、まさにキラーコンテンツでした。CICとしてサービスを担う各店は、Connect Indiaとレベニューシェアを行い、収入をえる仕組みを作ったのです。


Connect Indiaの創業者であるL.R.Sridharは30年余りのロジスティック業界の経験からこのCSCとの連携モデルを考えつき、実行に至りました。創業前にAmazonと組み、パイロットプロジェクトを行うなど、大手ECからの要望をくみ取りながら事業を計画し、創業時にはFlipkartなどのEC大手とのタイアップを検討するなど、迅速なエリア拡大に見合う需要の汲み取りを行ったようです。


このモデルは、CSCおよび既存の小規模商店をCICタイアップ先として巻き込むことで、イニシャルコストを削減するとともに、ランニングコストも抑えています。


インドの小規模商店は昔から近隣のお得意様への配達は日常業務として行っているため、店側も新規に投資する必要がない。フランチャイズの契約金も不要であり、参入のしやすさから、非常に短期間でのタイアップ先拡大が実現しているようです。


また、CSCとのタイアップは、電気情報技術省が主導する「Eガバナンスプラン」―地方の住民にもデジタルサービスを提供できる仕組みを整えるーというインド政府の取組をも後押しするものでした。


Connect Indiaは、インドのアントレプレナーによるスタートアップですが、そのモデルは各地のアントレプレナーシップを奨励し、まさに、同社のタグラインである‘Distribution Revolution’に向かって大きく広がっているように見えます。


Last One Mile Connectivity
さて、配送と同じくらい難しい課題が、通勤における、主要交通機関でカバーしきれない「最後の数キロメートル問題」です。例えば、経済都市であり多く日系企業も拠点を構えるグルガオン。


グルガオンは、メトロでいうとデリー中心部からのイエローラインと、イエローラインの途中駅で乗り換えるラピッドメトロの2本が主要交通網で、それ以外にバスも走っています。しかしながら、駅やバス停からオフィスなど最終目的地までの移動は、従来オートリキシャやリキシャが活用されていました。


ちなみにインドで数キロメートル歩くのは、暑く、ゴミゴミしていて、体力も消耗されるものです。また、オートリキシャのスピードの遅さ、特に朝夕の通勤時のカオスとも言える渋滞の中の移動にかかる時間と、サービスレベルの低さは常に頭の痛い問題でした。


そんな中、言われるバイクタクシーが登場してきました。現状BikxieやMTaxiなど複数の企業がサービスを提供しており、価格はオートリキシャと同等もしくは安価な価格を実現しています。さらに、交通渋滞等の影響を受けないことを考えると、速さではオートリキシャに勝ると思われます。


いずれもグルガオンに勤務する若手従業員をターゲットにしており、彼らの期待する快適性を考慮した仕組みやサービス(ヘルメットを拭くウェットシートや紙に汚れが付かないシャワーキャップなどの提供)教育を行うことで、より利用を促進しようとしているようです。また、女性の安全・安心に考慮した、女性専用のBikxie Pinkというサービスも登場しました。


タイやインドネシアでは、既にバイクタクシーはポピュラーな交通手段ですが、インドでは安全性を考慮し、バイクのタクシー利用は特定の州に限定されています。ただ、今後の政府の動きにより、他州への拡大の可能性は大きいと見ています。


あるエコノミストによると、都市部の「ラストワンマイルのプライベート移動手段」市場規模は、6兆円近くにのぼる可能性があるとのことです。


渋滞の解消や、交通の整備、はたまた住所の整備などインフラが整うのを待っているだけではなく、インフラ課題をビジネスに結び付けていく、そんなインドの逞しさが感じられないでしょうか。




松風  里栄子  (しょうふう  りえこ)
株式会社センシングアジア  代表取締役
博報堂コーポレートデザイン部部長、その後博報堂コンサルティング  執行役員、エグゼクティブマネジャーを経て、2014 年、アジアへの海外進出支援を行う、センシングアジアを創業。海外市場参入時の事業戦略・事業計画・マーケティング戦略と実行支援、コーポレートブランド戦略、CMO、マーケティング組織改革、M&A、ターンアラウンドにおけるブランド・事業戦略構築、新規事業開発で多くのコンサルティング実績を持つ。

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