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【創るへの意思】メディアから見た中国の変化

(こちらの記事は、マーケティングホライズン2018年7月号『創る中国:文化・エンタテインメント編』に記載された内容です。)

1993年5月、中国で働く

私自身が30歳になる時に、アナウンサーとして今後長く仕事をしていくために何か特技があった方がいいと思い、たまたま中国語を学び始めた。そして、山梨のエフエム富士でたまたま北京放送のアナウンサーと知り合い、北京に遊びに行った時に職場を訪問し、上司と名刺交換。


「一緒に働いてください」と誘われ、面白そうだなと思い中国北京で勤務することにした。当時の私の月給は1000元。その時のレートで換算すれば日本円で2万円くらい。「どうして、中国に行くの?」「中国ってみんな人民服を着て自転車に乗っているんでしょ」と言われたが、誰も先見の明があるとは言わなかった。結局、1993年5月から1995年7月まで2年余北京に暮らし、働いた。



2011年5月、再び中国で感じた変化
20年近い時が流れ、私はまた中国で働くことになった。勤務先は中国国際放送局(CRI)、前回と同じ中国政府の対外放送局だが、名前が変わっていた。そして、名前だけでなく日本と中国の関係や、世界における中国の立ち位置も大きく変化していた。政治や経済のことはその専門家に譲るとして、私が最も感じた変化は「日本語」の立ち位置だ。


90年代、日本語を学んだ人に動機を聞くと、「英語をやりたかったけど、点数が足りず日本語に回された」と言う人がほとんどで、積極的に日本語を選択した人は少数だった。2011年からの北京暮らしでは、たくさんの日本語を学ぶ若者と接する機会があったが、彼らに日本語選択の動機を聞くと日本のアニメ、マンガ、ゲーム、いわゆるACGと答える人が非常に多かったのが印象に残っている。


日本語を学ぶ前に、ACGを通じて日本語を耳にしているので、発音が非常にネィティブに近い。以前のようにいかにも外国人と言ったヘンなアクセントで話す人はほとんどいない。更に、外国人に説明が難しい擬態語、擬音語「ガ―ン」「サァー」「バリバリ」「シトシト」等、ACGで場面として学んでいるので、よく理解している。


また、中国人気質なのか自己PRが好きである。アニメのコスプレ大会のようなものが北京では度々開催されたり、公園ではコスプレ姿の自主写真撮影会などもよく目にした。


更に、勤務していた国際放送局でもイタリア、タイ、ロシア等々の外国人スタッフから日本語で「コンニチワ」と話しかけられることが度々あった。聞けば、自国で日本のアニメを見て日本語をおぼえたと言う。中国の若者以外にも日本のACGが広がっていることを感じた。それまで、ACGは文化と呼ぶにはちょっと…という思いがあったが、立派な日本の代名詞になっているのが現状のようだ。


中国の方向は全人代でわかる
毎年3月に中国北京で開催される全国人民代表大会(全人代)。年に1度の開催ではあるが大雑把に言えば日本の通常国会のようなものである。今年は会期がこの20年来で最長の16日間だったことや、2004年以来2度目となる憲法改正などが注目された。


日本では、この憲法改正で国家主席の任期が撤廃されたことがクローズアップされ、習近平国家主席に権力が集中、独裁体制かという分析が主流になっているようだ。しかし一歩進んで、何故、何のためにという所までは、伝えられていないような気がする。


中国国内ではどう思われているのか。共産党の腐敗はひどく、健全化にはかなり時間がかかる。経済もここが頑張りどころ。必ず、やり遂げる=それまでは辞めないという習近平国家主席の本気度を示すものではないかと感じる。


一期目の仕事は一定の評価を得ている。もちろん権力が集中しすぎれば変節するかもしれない。しかし、カリスマ性のあった毛沢東、鄧小平とは違う習近平。中国では、現指導者に対して腐敗撲滅を完遂し、中国を名実ともに真の大国にしてくれるという期待とカリスマ性が無い分
聞く耳を持つと言いながらも権力が集中することで暴走するのではという懸念とがある。


注目!メディアの統合が意味するもの
そして、やはり日本での報道は少ないが今回の全人代で注目すべきことは、国営放送メディアの統合である。中国中央テレビ局(CCTV)、人民ラジオ局(CNR)、中国国際放送局(CRI)の3つの放送局が1つになって対外的には「中国の声」と名乗るようだ。


今のところ各放送局の入り口に「中央広播電視総台」という統合された後の名前の看板が架け替えられたくらいで、人員や組織の具体的な改編は始まっていない。年内をめどに変化があると言われているが、これをメディアの統合=言論統制と考えるのも短絡的だ。


そもそも、この3つは国家メディアで、重大ニュースなどはどこも同じものを流していた。では、何故統合か?中国なので正確な数字は分からないが5000人もの人が働くと言われる巨大化したCCTVなどを中心に政府がメスを入れたかったのではないだろうか。


日本では、取材先から金品を受け取るのは絶対NGだが、中国では取材記者には交通費を渡すのが暗黙の了解。ある意味、メディアは汚職の腐敗の温床になりやすい。また人件費、制作費がかさむ割にはいい番組が少ないとも言われている。これを機に腐敗から脱し見ごたえのある番組、摸倣ではないちゃんとした番組を制作せよという号令にもとれる。


この統合された組織への祝辞で習近平総書記は、「中国と世界の関係には歴史的変化が生じている。中国は世界を、世界は中国をよりよく知る必要がある」と述べている。


今までの中国は、「世界は中国を知るべきだ」という姿勢一辺倒だったように思う。世界が中国を知るために、世界中で中国語を学ぶ教育機関を展開する私が学院長を務めている孔子学院の存在もその1つかもしれない。しかし、今までと違って「中国は世界を知る必要がある」というのは、大きな変化だ。


また最近の中国を知るキーワードに、「供給側の構造改革」=計画経済的な発想から需要に応じた供給へ、「大衆創業・万衆創新」=国有企業の政府依存を減らし経済を健全化させるために起業を促し民間資本を活用する、その企業は製造業から創造、クリエイティブ産業が望ましいという流れがある。


儲かればいい、短期に利益を確保したいという発想から脱し、こだわりの仕事=職人的な仕事をせよという「匠の精神」も今後の方向性を示すと考える。


いずれも、量から質への転換で、日本が欧米のものまねから脱し、メイドインジャパンが良品質の代名詞になったように、中国も摸倣から創造へ、労働集約型から頭脳集約型への転換点にいるように感じる。中国の若い世代はACGを通じて日本を知り新しい価値観を持ちつつある。我々も中国を見る目を変える時かもしれない。




高橋  惠子   (たかはし  けいこ)
工学院大学孔子学院  学院長
沼津市出身。静岡大学在学中からNHK静岡、静岡第一テレビ等でおしゃべりの仕事を始め、大学卒業後、群馬テレビに就職。局アナを経てフリーになりFM東京、NHK、テレビ朝日、東京ケーブル、渋谷FM等で番組担当の他、東京アナウンス学院、日活芸術学院、オスカープロモーション等で後進の指導にあたる。93年~95年、2011年~17年中国国際放送局(北京放送)勤務。同時に北京大学大学院講師。2017年4月から現職。

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