中国とは持ちつ持たれつ

紳士の大体一分間スクリーンショット 紳士の大体一分間スクリーンショット

(こちらの記事は、マーケティングホライズン2018年7月号『創る中国:文化・エンタテインメント編』に記載された内容です。)

公務員として就職した札幌の劇場で、歌舞伎、オペラ、ミュージカル等様々な舞台芸術の仕事をこなしながら、自分でも表現活動を開始。2010年、応募したレジデンスプログラムをきっかけに上海で短期滞在をし、中国に行くべき二つの理由を見つけました。

一つは、文化環境が発展する余地が無限にあったことです。文化は経済発展がある程度落ち着き、人々の生活に余暇ができてから一気に伸びるものです。余った時間やお金を何に使おうか、もっと楽しいことをする為にはどうしようかと、中国の人たちが考え始める時期が間もなく必ず来ると思っていて、その時に中国にいたいなと思ったことです。


もう一つは、強い表現物を作れるかどうか、自身を試したかったことです。僕の持論なんですが、表現とは何かを変えたいという衝動や切迫感から生まれるものだと思っています。ファンクミュージックがとても好きなのですが、やはりそのルーツは過酷な労働というすさまじい環境から生まれてきています。なので自分も自分にそういった負荷をかけ、その負荷が強ければ強いほど独特な表現が生まれてくるんじゃないかという想定のもと、日本人に対しての風当たりが強い場所を次の表現の場所に選ぼうと決めました。そこで何が起きて自分の身に何が起こり自身がどう感じて何をしていくのか、強い表現を本当に生み出せるかどうかを試したいなと思い、それで当時一番反日感情が強かった中国への移住を決めたのです。


その点日本では非常に暮らしやすい環境に居たので、このままではマズいなという危機感は感じていました。ありがたいことに自分が国籍や肌の色や自身の境遇で差別を受けたこともないのですが、そういうことを一次体験することで分かる世界があると思ったし、それは自分の人生において知っておくべきことだろうと思いました。そういう意味では中国に来ると日本人だから嫌われる、何のいわれもない差別を受けるだろうと。そうするとなんで自分は日本人なんだろう、日本人って何なんだろう、中国人と何が違うんだろう、という国際的な視野から自分と日本人を見つめられるきっかけになるんじゃないかと思ったんです。平和な日本に生まれてうれしい反面、不幸が足りてないというか。表現のため、自分が成長するために不幸になりに行こう、そう考えて中国行きを決断しました。


中国ではフィールドワークから始めました。まず中国の若者がどういう生活をしていて、何に喜び、何に苦しみ、何に疑問を持っているのか、日本のことをどう思っているのかを知らないと彼らに刺さる表現は作れないと思ったからです。ところが日本語の話せる中国人と話しているとみんな「日本は政治的歴史的にアレだけど、日本文化は大好きだ」と一様に口をそろえて言うのです。「でもネットで得られる情報は限られているから是非教えて欲しい」とも。2012年の大きな反日デモがあったその年にです。敵対感情を持っていると思って来たのに、良い意味で全くの肩透かしをくらったのです。そして話していくと若者がみんな受験戦争に辟易しており、失敗した人や勉強ができない人が将来に希望を抱けない現状が見えてきました。


当時の中国は学歴社会からあぶれてしまうと未来は無いと言っても過言ではない状況でした。日本では勉強がダメでもスポーツができたり絵がうまかったり歌がうまかったりすれば、学業以外の道は開けてくるのですが、中国は当時そういう雰囲気ではありませんでした。僕は勉強が得意ではなかったので、そういった教育方針に救われた人間でした。そこで、悩みを抱える日本文化を愛する中国の若者たちに、どうやったら自らの将来に希望を見出させることができるのかを考え、最終的にアートプロジェクトとして実際に行動してみることにしました。やることは簡単です。学歴に頼らず、ひたすらおバカなことをやって、中国で有名になる、それを自らで体現しようと思ったのです。何をやったかはここでは割愛しますが、僕の過激なパフォーマンスは2013年当時の中国のネットで度々話題になり、変な日本人が来たぞと少しずつ注目されてきたのです。


その頃から中国人の友人の勧めでBilibili動画にも動画投稿をするようになり、2014年には自らのバカバカしい挑戦をミニドラマにして投稿したところBilibili動画が公式スポンサーになってくれて、一躍有名になりました。


2014年末からは3~5分間の日本を紹介する情報番組「紳士の大体一分間」を毎日更新し始めたところこれも大変大きな反響があり、2017年秋時点には合計10を超すネットプラットホームでの合計動画再生回数は、10億回を超えたのです。


そこからBilibili動画と僕の関係が深くなっていくわけですが、2018年にナスダックに上場したBilibili動画も、紆余曲折を経て今に至っています。


Bilibili動画とユーチューブの圧倒的な違いは、広告収入の豊富なユーチューブに対して、Bilibili動画は動画再生前の広告を一切入れないというストイックなスタンスで若者コミュニティから支持されてきました。結果、他のプラットホームと比べるとクリエイターがなかなかマネタイズできない状況が発生し、クリエイターがBilibili動画から離れていってしまう状況が生まれてきました。そこで生まれたのがBilibili動画の動画クリエイターを専門でマネジメントする子会社「超電文化」という会社です。ユーチューブと違い、競合サイトが何十個と乱立している状況の中国では、特にUGCを扱うBilibili動画のようなサイト自身が広告代理店とクリエイター事務所の機能を備えてマネジメントしていく必要があります。そのための会社が「超電文化」というわけです。動画制作のサポートやオフラインイベントの制作及びクリエイターとのコラボを本社とは別の立場で行っており、クリエイターのブランディングのためには他サイトへの営業もかけるなど、今までとは違った動きが見られています。


中国のモノ創りのレベルは日に日に上がっています。Bilibili動画でも当時2010年~2013年頃までは外国コンテンツをありがたがっていましたが、最近では中国人の発信するコンテンツに人気が集まるようになってきています。クリエイティブの発想力に関してはまだまだ日本はリードしているかなという印象ですが、皆さんご存知のように、今、深圳の科学技術がものすごい勢いで伸びてきています。AR、VRを含めてITの科学技術は実際に中国国民の生活を根底から変え、日本ではありえない社会の目覚ましい変革が起こっています。


今後、中国のコンテンツが数年で日本を抜き去るような気がしてなりません。新しいメディアと新しいコンテンツがそろう瞬間、5Gの登場のタイミングがその時のように思います。


では一体これからどういった日本産のコンテンツが中国の若者たちに受け入れられていくのでしょうか。食文化やインバウンド、職人さんの作る伝統芸能に世界を圧巻させるアニメ文化などなど可能性はまだまだありそうですが、とにかく時間が差し迫っています。今日本に必要なのは、そういった他国に無い有形無形の文化を海外に自ら紹介し、独自の流通網を作っていくことです。このままだと中国がルールを決めて、その中で下請けをする日本の姿が浮かび上がります。国民の気質柄致し方ないのかも知れませんが、僕はこの流れに対して、独自の方法で文化を発信して伝えていく手段を作りたいと思っています。


では何を作れば彼らの心に刺さるのか、彼らが今日本の何を求めているのか、この問題について考えてみましょう。中国で一定の成功を収めた僕が考える、今後日本が中国に対してゼロに近いところから勝負できるものがあるとすれば、それは日本に特化した実写の情報番組です。日本的なバラエティ番組制作の方法論と、絶えず更新される「知られざる日本」の様々な情報は、掛け合わせることでより中国の若者に支持される可能性をはらんでいます。中国の若い人たちが見たいもの、知りたいもの、気になる人やジャンルを的確に掴み、彼ら向けにしっかり解説して日本ファンを増やしていく番組を、日本の会社で作ろうと思っています。

 

制作チームに中国の若者を迎え入れ日中混合で座組を固め、僕がリードして中国のプラットフォームと提携し、日本でしか作れないものを作り、中国に届けていく。ここが形になると、様々なゲストやブランドの中国進出のお手伝いもできると思いますし、情報発信という意味では2020年の東京オリンピック・パラリンピックが開催される頃には中国に対しての最も効果的なメディア(番組)になるはずです。同時に、2022年の北京五輪に向けては、中国の情報を日本もしくは世界に発信するメディア(番組)を作っていけるようにしたいと思っています。


中国とは持ちつ持たれつの関係で、お互いに得意なところをフォローしあえるようなチームが作れるかどうかにポイントがあります。誰も成しえていないことなので、もちろんプレッシャーや難しさはありますが、今まで積み上げてきたものを、日本人として日本と中国にしっかり還元できるようなものを作っていけるんじゃないかなと漠然と思っています。


コピーが不可能なものでいうと、いかに一点ものを作るか、いかに付加価値を付けるか、いかにその場所でしかできないことや出会えない人、知りえない情報を伝えるかが大きなカギになります。日本的な、くだらないことに全力投球する姿勢も世界の中では一品ものです。一つ言えることは、文化の違いを如何にポジティブに見せられるかだと思っています。


これを、中国の若者が日本に対してポジティブなイメージを持っている間に作り上げる必要があります。今Bilibili動画や他のサイトと色々番組制作のアイディアを出し合っているところです。これからはプロデューサーとして、中国のプラットフォームと日本の豊富な資源を動画を通じて一本の線にし、楽しく伝えていくことに重きを置いていきたいと思っています。好きとか嫌いとかいう前に、相手のことを理解するきっかけを、お互いの国の若い人たちに向けて真摯に作っていくことが、日中コラボレーションのたった一つの可能性だと思っています。

 

 

山下  智博  (やました  ともひろ)
コンテンツプロデューサー
2008年、大阪芸術大学卒業。札幌市教育文化会館職員を経て、2012年中国・上海市に移住。日本のサブカルチャーなどを紹介する自作のネット情報番組が人気を博し、2017年には中国国内で一番有名な外国人ネットタレントとなる。2017年、コンテンツによって日中間の摩擦を解消し、文化交流を通じて相互理解を進めるための会社「株式会社ぬるぬる」を設立。

 

「山下塾連続講座2018」開催!
中国に響く動画コンテンツ・プロデュース手法(月1回開催、3回連続講座)

日時:第1回 2018年8月7日(火)20時~22時
会場:デジタルハリウッド大学大学院駿河台ホール(御茶ノ水ソラシティアカデミア3F)

日本初の株式会社による専門職大学院、デジタルハリウッド大学大学院(東京都千代田区、学長 杉山知之 以下本大学院) メディアサイエンス研究所 吉田就彦研究室(以下本研究室)では、ヒット学、SNS分析によるヒット商品の要因分析、ヒットのビジネス・モデル検証、コンテンツ・プロデュース手法及びその人材育成手法等の研究に取り組んでいます。
この度、本研究室主催で、中国のコミュニティ型動画サイト「bilibili動画」を中心に、中国の10を超える動画プラットフォームで総再生回数11億回を誇り、動画チャンネル合計被登録数が400万人を超える、中国国内において日本人として人気No.1のオウンドメディアを生み出したWeb動画プロデューサーの山下智博氏による、「中国で響く動画コンテンツのプロデュース手法」を学ぶ全3回の連続講座を開催いたします。

詳細については、デジタルハリウッドサイト http://gs.dhw.ac.jp/event/180807/
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