「ダイバーシティ」の時代にむかって

企業におけるダイバーシティとは
「ダイバーシティ」とは環境関連では「生物多様性」と翻訳され、動物や昆虫、植物など多くの様々な種が共存していることを表し、種の絶滅を回避するための理想的なありようとして語られている。

一方、企業経営における「ダイバーシティ」となると、かつては男性優位の企業風土における「女性活用」とイコールで語られることが多く、取組み例として女性の役員登用=経営層への参加などであったように思う。確かに戦後日本を牽引してきた男性中心の企業文化に女性特有の視点が活かされ、活躍の土壌が作られたことは非常に意義あることだろう。しかし現在語られるダイバーシティとは、単なる男性・女性の性差だけではなく、国籍や人種、宗教や価値観そして性的嗜好など異なる多種多様な人間の生き方を企業が受け入れ、広く人材を活用することで一人ひとりの働き方を通して企業を発展させ、ひいては社会全体へも影響していこうという考え方である。

 

もちろん、その背景に市場のグローバル化や消費の複雑化、人権問題への対応という視点があったとしても、経済成長のための経営戦略としてダイバーシティが重要視されるようになっていることは間違いない。またSNSなどのネット社会の現在では消費者や株主そして身内とも言える従業員を含む様々な視点が企業のダイバーシティを評価・監視する。


ダイバーシティは、社内において性別や国籍にとらわれない有能な人材の発掘し、新しいアイデアの喚起を促し、多くの意見をマーケティングに反映させてより良い結論を導き出すことにあると言われるが、私はここに「企業を取り巻く社外のダイバーシティ」を意識することも重要であると考える。



社内と社外のダイバーシティ
前述したように、企業経営における「ダイバーシティ」とは、多くは社内の人材活用に関する点において語られることが多い。もともとはアメリカにおいてマイノリティや女性採用といった差別のない雇用を実現するために広がったもので、この概念が広い人材の活用と多様な働き方の受容にまで広がったものである。そして、この多様な人材をマーケティングに活用し、複数の視点からある事象を正確に判断しようというのが現在の社内ダイバーシティである。


例えば側面に線の入った円柱を想像してみてほしい。この円柱を同一の価値観を持つ集団が上から見た場合、見えるのは円である。しかし多様な価値観が存在する集団の場合、見る位置がバラバラ。ある人は上から見て円と判断し、ある人は側面から見ることにより長方形であると判断。またある人は側面に書かれた線を見つけるかもしれない。これら多くの視点からの情報を統合することで、これが線の書かれた円柱であると判断できる。

 

より正確に事象を捉えるために、どちらが良いかの説明は不要だろう。また社外のダイバーシティとは、まさに企業を取り巻く周辺環境の多様な価値観の存在のこと。先ず思いつくのは企業の商品を購入する顧客層とその嗜好の多様化だろう。ある程度、モノがいきわたった社会においては不特定多数を対象とした商品よりも特定少数を対象とした商品が求められる。例えば、女性をターゲットとするヘアケア商品などがあげられる。

 

かつてテレビCMを大量に流す大手企業の商品が圧倒的存在感を占めた市場が、現在では小さな企業の商品が大手商品を上回る存在感を示し、それに大手が習うという逆転現象が見てとれる。


ネットが、こだわりを持つ少数をつなぎ合わせて多数派へと変え、企業・商品に対する評価や要望を表明する。こういった現象を株主は企業評価の判断材料とし、従業員もまた自社や商品に対する評価をロイヤリティややりがいの源泉とし、更に外部から優秀な人材を引き寄せる。企業は社外のダイバーシティを意識することで、より市場に合った商品を開発、優秀な人材の確保と健全な企業経営など更なる価値創造への材料としていくことができるのである。



人材活用のダイバーシティ
サラヤは家庭用だけでなく、医療現場や公衆衛生、そして食品関連などの現場において使用されるハンドソープやアルコール消毒剤をはじめとする各種洗浄・消毒剤の他、健康食品などを製造・販売するメーカーである。サラヤ商品の最終的なユーザーは女性である比率が高いことから開発部門において女性リーダーが登用され、発案や意思決定には男性だけでなく女性の意見も反映される。


しかし、そこでも男女、未・既婚そして育児中と事情の異なる立場からの意見が提供され、女性向けといえども一つの視点からの判断に頼らない。様々な視点からの意見が反映されたものの方がより多くの消費者の視点に近いものが開発できるという考えからである。また女性登用において多くの企業が課題とすることの多い出産についても、サラヤでは産休における労働力ロスをマイナスと捉えないための様々な制度が用意されている。

 

現在も通常の産休期間を終えたスタッフが家族の仕事の都合によりアメリカに移住しているが、この場合も海外での育児事情や文化を実体験できる新たなダイバーシティの獲得チャンスであると積極的に捉え、人事部門の調整を経て育児休業特別延長としての承認を得ている。


このような柔軟な制度対応が可能な背景には、経営者の判断によるところが大きい。その他にも男女雇用機会均等はもちろん本社所在地である大阪市による女性活躍リーディングカンパニー認証を取得(2015年には最優秀賞を取得)。高齢者雇用や障害者雇用も積極的に進めている。


このような労働環境の整備が社内から社外に広がることで、人材の流出を防ぐことはもちろん、将来的に出産を意識する女性や出産を機に退職した女性など、社外にいる優秀な人材を引き寄せることができる。またサラヤは現在、世界16カ国で事業を展開しているため、日本人のみの視点では限界がある。そのため様々な国籍を持つ人材を採用している。例えば、海外事業の責任者はウクライナ出身の30代男性だが、彼は日本の大学院に国費留学生として留学している時、サラヤに所属していた同郷の社員から通訳のアルバイトを依頼されサラヤを訪問した。その際、その社風と可能性に期待して卒業後に大手企業の誘いを断って入社した。

 

このように社内にはウクライナ、ロシア、アメリカの他、インド、中国、マレーシアなど14カ国もの出身国の異なるスタッフが共に働いている。当然、言葉の壁や異なる文化の違いなどの問題は有るものの、業務において支障はなく、それ以上に目まぐるしく変わるグローバル社会の中で、それぞれのチャネルから入手されるタイムリーな情報がグループ内で共有される価値は大きい。そして同時に海外の顧客からの企業と商品への評価も知ることができる。つまりダイバーシティが商品の開発競争において優位性を持つための源泉となっているのである。


マーケティングや開発の議論にダイバーシティが有効であるといわれているが、こと大きな経営判断になると物差しがひとつの手法で議論されがちになる企業も多いという。それは経営層が従来の成功モデルに価値をおき「ダイバーシティ」がもたらす競争優位に気付いていないからと考える。サラヤでは経営判断の物差しに「ダイバーシティ」が設定されているが、これは経営層が「ダイバーシティ」のもたらす競争優位を認めているからである。

 

ダイバーシティ企業100選
「いのちをつなぐ」。サラヤが創業60周年を迎えた2012年、新しい社名ロゴと共に掲げたショルダーコピーである。ロゴに1行付すショルダーコピーは、業務内容や形態を明らかにするために使われる場合もあるが、その掲げる言葉は、社名に人格や性格を与え、その企業が目指す意思を伝え、企業イメージになっていく重要な要素でもある。そのショルダーコピーにサラヤは「いのちをつなぐ」を掲げ、企業としての意思表明を社内外に発信した。この「いのちをつなぐ」とは、事業を通じてこの世界に存在する様々な種の「いのち」を守ること。そして次世代へとつなげていくことの大切さを表している。


その根底にあるのが、創業者から続く「ダイバーシティ」の考えである。サラヤ創業者である更家章太は三重県の熊野で代々林業を営む家に生まれた。林業は森林から糧を得る暮らしであり、また自然に恵まれた(ダイバーシティ)の中で育ったことはその生活感と自然観に影響を与え、サラヤ創業の際には、でき得る限り天然の素材を用いた環境配慮の製品作りを基本と定めた。


また息子であり二代目を継いだ現社長は大学で発酵工学を学び、微生物を利用した水質汚染浄化の研究をしていた。またアメリカ留学時代には生物生態学を専攻。環境研究者などとも交流し、生態系をグローバルに考えるダイバーシティの土壌を培った。自然に育まれた創業者と、生態系をグローバルな視点から化学として学んだ二代目。


それぞれの感性と世界観がサラヤの礎となり、早くから「ダイバーシティ経営」に取り組んできた。「ダイバーシティ経営」とは、「多様な人材を活用し、その能力を発揮できる機会を提供することでイノベーションを生み出し、価値創造につなげている経営」である。つまり福利厚生やCSRとしてではなく、あくまで企業が置かれた市場環境と技術構造の中で自社の競争力強化という目的を持った経営戦略の一環である。

 

この結果、2012年から経済産業省が「ダイバーシティ経営によって企業価値向上を果たした企業」を表彰する「ダイバーシティ経営企業100選」(経済産業大臣表彰)において、サラヤは2012年度の最初の42社に選ばれた。経営者の感性と世界観が礎となって取り組まれている「ダイバーシティ経営」だが、サラヤが「ダイバーシティ」で注目されるきっかけとなったのが、人材のダイバーシティマネージメントではなく、2004年から始まったマレーシア・ボルネオ島での生物多様性保全活動をはじめとする多くの社会貢献活動である。

 

社会貢献のダイバーシティ
企業と社会は、お互いがそれぞれ影響しながらつながっているコインの表と裏のような関係である。そして全てのビジネスは、源泉をヒト・モノ・金・情報に頼っている。ことメーカーは、地球にある資源を有用に加工し、商品として販売しており、企業活動には多くのエネルギーを必要とする。つまりビジネスを続けていくためには、資源を効率的かつ持続的に活用する必要がある。特に天然素材を活用した商品開発を基本とするサラヤにとって、ビジネスは地球上の生物資源から大きな恩恵を受けて成り立っている。


そのような中で象徴となったのが、持続可能なパーム油の活用と生物多様性の保全を目指すボルネオ島での活動である。


2004年、それは、あるテレビ番組の取材を受けたことから始まった。サラヤの代表的商品である台所用洗剤の「ヤシノミ洗剤」のために、ボルネオの熱帯雨林が伐採され、アブラヤシという植物の農園が広がり、そこに住む多くの動植物が絶滅の危機にあるというものだった。熱帯雨林の代わりに広がった畑で栽培されたヤシから摂れる植物油(パーム油)がヤシノミ洗剤に使われているという内容に我々は驚愕した。

 

なぜなら、サラヤは日本にエコロジーの概念が無かった1952年の創業から環境配慮の製品作りに取組み、ヤシノミ洗剤においても環境を汚さない植物性の洗浄成分をいち早く採用。排水は微生物によって素早く分解され、しかもゴミの減量と石油資源の削減のために、洗剤で初めて「詰替えパック」を開発するなど、環境のための取組みにいち早く着手してきた自負があったからである。


「環境にやさしい洗剤のために熱帯雨林が伐採されている」。この報道の事実を知るべく、サラヤでは直ぐに社員をボルネオに派遣。この時、社員と共に活動に取り組んだのが当時、大阪大学の大学院に籍を置き、社会貢献を研究していた歯科医師免許を持つ異例の社会人大学生だった。この人物を社外研究員として雇用し、共に行動したことが大きな成果をもたらすこととなった。また、その際に共に行動した社員(現在、取締役事業副本部長)もまた、元フリーのライターという異例の経歴を持つ中途社員であった。


彼らは調査を進める中で、パーム油産業を取り巻く様々な立場の異なる人物に接触し、多くの角度からボルネオの問題に関する意見を収集。熱帯雨林の伐採原因であるパーム油がじつは世界で最も利用されている食用油であるという事実の確認とサラヤが今後取るべき対策を検討した。当初、この問題が企業イメージに大きく影響し、今後の事業活動をも揺るがしかねないと感じていたのは経営者である社長と前述の2名、そして広告・広報部門の数名の人間だけであった。しかし経営者の判断において、社内外のまったく異なるバックボーンを持つ人物の意見が採用され、初めて世界規模の保全活動が始まったのである。


現在、一般的な企業がおこなう社会貢献活動と一線を画すと評される活動は、環境活動家や動植物専門家、環境保全団体からの評価を得るだけでなく、政治・経済の分野からも高い評価を受けることとなった。それは、この活動が、日本における商品と消費者をつなぐコーズリレーテッドマーケティングの先駆けとなったからである。また活動の評価は社内外に波及。活動当初、経営層や社内には、明確な利益を産まない社会貢献活動に積極的に関わることに対して懐疑的な意見が多かった。

 

なかでも数字にシビアな財務部門や営業部門はその最たるものであったが、活動が認められ金融機関から特別融資を受けることができ、またエコロジーに関心の高い消費者を味方に付けることで商品売上が向上するなど、事業活動面でのメリットが明確になったことで理解を示すようになった。同時に社員も、自社の活動が様々な環境関連の賞を受賞し、取引先や家族から評価されるようになることで自社に対する信頼や自信を深めることとなった。


この好結果が、社内に社会貢献とビジネスの関係性を認めさせることとなり、経営者および経営層においてダイバーシティに対する関心を高める結果となった。その後、2009年に元国連事務総長アナン氏が提唱したグローバル・コンパクトに加盟。2016年には国連により定められた「持続可能な開発目標SDGs」への参加を表明。その他にもWHOやUNICEF、JICAなど様々な団体と共に多くの社員が社会貢献活動に取り組みダイバーティを実践の場で経験している。

 

また現在、アフリカ・ウガンダでユニセフと共に活動する「100万人の手洗い」活動では、元・青年海外協力隊の小学校教員として活動していた女性が中心となって活躍しているが、彼女はボルネオの活動によるサラヤ評価を知ったことで入社を希望した人物である。彼女のように、企業の可能性や活躍の場を求める多くの人材のリクルーティングにも影響を与え、人材のダイバーシティにも貢献している。

 

事業のダイバーシティ
前述のような社会貢献活動で高い評価を受けるサラヤだが、事業分野においてもダイバーシティのメリットを受けている。


「選択と集中」とはビジネスにおいて良く聞かれる言葉であるが、自社の強みを選択し、そこに資金や人材を集中させるというのは事業効率から考えて至極当然のことである。しかし効率化のための集中は、その集中先を見誤ると将来に大きなリスクを伴うこともまた事実である。


サラヤの事業は、一般小売商品を扱うコンシューマー事業本部、食品衛生や公衆衛生関連を扱うサニテ―ション事業部、医療・福祉衛生関連を扱うメディカル事業本部、そして海外市場を担当する海外事業部という4つの事業部門に分類される。こと「集中」という面からみれば、事業部門を分けることは、それぞれの市場に対応するため資金も人材も時間も分配されるために大きな成果の獲得には非効率であると言える。しかしサラヤにおいては、この事業のダイバーシティにより経営が安定するという経験をしていることが大きい。つまり、どこかの事業部が不振でも他の事業部が好調ならば会社全体では安定しているということである。


また異なる市場を持つ事業部はそれぞれ異なる視点を持って事業に取り組んでいるが、その中で他部門において有効な情報を共有することで新たな市場の開拓や商品の開発などにつながるなど「ダイバーシティ」がいわば事業部間の相互補完システムとして機能しているのである。サラヤにおける事業のダイバーシティは、組織における社員のそれと同じである。そしてサラヤはある一つの基本理念に基づいて全社・全部門が動いている。それは「世界の衛生・環境・健康に貢献する」というものである。

 

共通理念あってのダイバーシティ
企業としての理念に基づき活動する。これは企業活動の基本である。サラヤの場合、前述のように全く市場の異なる4つの分野において事業を展開し、多くの国でそれぞれバックボーンの異なる人材が働いているが、活動基本とするのは「世界の衛生・環境・健康に貢献する」である。また多くの社会貢献活動においても、活動の計画から実施における判断基準は同じである。その他、サラヤでは、サプライチェーンに対しても基本理念を明確にすることで、理念に合致した原料や仕様の提案を求めている。そうすることで自らが動かずとも理念に適した製品づくりを進めることができる。


性別や国籍、宗教や性的嗜好など個人の違いを認める人材のダイバーシティ、社会貢献活動のダイバーシティ、事業分野のダイバーシティなど一見すると、非常に多様性に富んだ企業のような印象を与えるが、それらは企業理念から広がった枝葉に過ぎない。企業理念という幹から広がったダイバーシティという枝葉は多くの人・モノ・金・情報を集めて幹を太くし、太い幹からは多くの枝葉がさらに生まれて、また幹を太くするという持続可能なビジネスの循環システムを構築する。まさにサラヤでは、ダイバーシティが競争優位の源泉となっている。

 

そしてマーケティング面のみならず、経営判断におけるダイバーシティ実践のために重要なのは、やはり経営者のリーダーシップである。幸いサラヤでは創業者から続く経営トップがダイバーシティを意識していたことが根底にあるが、やはり新しく導入していくためには経営トップの明確な意思表明が必要となる。でなければ経営層が最初の壁になってしまう恐れがあるからである。そして次に必要なのは、社員全員の一貫した意識共有化と人事システムの構築ではないだろうか。


ダイバーシティの懸念として挙げられるのが「組織のまとまりのなさ」であろうが、この問題を解決するのが前述の「企業理念」という基本的価値観であると考える。サラヤでは各種の活動情報を社内外に広報することに合わせ、年一回、事業活動・環境活動・人事制度などに関する成果をまとめた「持続可能性レポート」を発行している。経営トップの考えと社内外の情報を共有する良いツールになると考えるので、一度検討されてみてはいかがだろうか?またダイバーシティは目的ではなく、あくまでシステムの一部にすぎない。

 

そのためダイバーシティによって生じる個人や組織間の摩擦を解消するための人事システムが構築されていないとダイバーシティというシステムは機能しない。この人事システム構築には経営層の判断が必要となる。つまり全てがリンクしているのだ。


サラヤという企業のダイバーシティについて述べさせていただいたが、結論から言えば「ダイバーシティを競争優位の源泉とする」ためには、経営トップから社員、そしてサプライチェーンや顧客など企業経営を構成する全ての意識をマネージメントし、「企業文化」とすることであるのではないかと考える。

 

 

廣岡  竜也  (ひろおか  たつや)
サラヤ㈱ コミュニケーション事業本部 広報宣伝室 室長
静岡県出身。大学卒業後、広告代理店を経て2001年にサラヤへ入社。商品の広告ディレクション、コピーライティングなどを担当し数多くの広告賞を受賞。現在は、国内外の広告・PR活動を手掛けるかたわらボルネオ環境保全活動をはじめCSR活動の企画・広報活動も担当し、企業ブランディングに取り組んでいる

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