個々人の可能性を信じること、と、個々人の意志が問われること

(こちらの記事は、マーケティングホライズン2018年2月号『ダイバーシティを企業力にする』に記載された内容です。)

ダイバーシティが企業の存在意義そのものである、そんなの会社の一つがリクルートです。リクルートと言えば、起業家精神溢れる社員と、そこから生まれる数々の新規事業という印象が強い方も多いと思います。そんなリクルートの企業力の源泉を、サステナビリティ推進室長の伊藤綾氏に伺いました。

─── リクルートではイノベーションを生み出す人づくりに、様々な制度を取り入れるだけでなく、企業文化として定着させていらっしゃるとお見受けします。そんな全社風土はどのような取り組みから形作られたのでしょうか。


伊藤 リクルートではダイバーシティは企業フィロソフィーそのものという位置づけです。私たちが大事にしている考え方の一つが個の尊重です。一人ひとりの可能性を信じるということが、経営の根底にあるのです。私自身も、リクルートへは中途入社であり、リクルートがダイバーシティというものを大事にしていることは、なんとなく聞いてはいました。入社当時は、そうは言っても、役員だけでなく新人まで、そして数ある組織の隅々まで、本当にダーバーシティを大事にしているものなのか?と疑問に思いつつもある意味楽しみにしながらのスタートでした。入ってみて実感したのが、非常にユニークな企業文化であること、そしてそれを象徴する決まり言葉があることでした。それは、「あなたはどうしたい?」と問い、問われることです。英語ではWhy are you here?と訳されていますが、これが上司―部下だけでなく、同僚のコミュニケーションにも埋め込まれていて、習慣づけられているのです。ですから、リクルートにとっての個の尊重とは、属性が多様であることだけに留まらず、一人一人がどんな意思を持ち、どうありたいのか、ということを大事にしている。かつ、個の可能性を信じるということなのだなと、外から入ってみて感じました。


─── あなたはどうしたい?と聞くことは、コミュニケーションの上でも、相手に強くコミットすることが求められるように思います。相手の意志に対して、きちんとフィードバックを返してあげることが大事ですよね。


伊藤 確かに、一方通行に近いコミュニケーションの方が楽なのかもしれないですね。実は新人などは、最初は面食らうことも多いと思います。上司に、『この点についてはどうしましょうか?』と聞きに行くと、『で、あなたはどうしたいの?』と返されるわけです。ですが、敢えて聞く、というコミュニケーションが企業文化そのもので、あらゆる行動とかアクションが一人一人の意思、ありたい姿、を持って行われるのだという考え方があります。『私はこうしたい、こう考えている』と答えることで、上司から、『ではこのように進めたらどうだろう?』とアドバイスがあり、議論が深まっていく、ということなのです。


─── ただ、上司―部下という職制上のラインでは、「私はこうしたい」という思い通りにはいかないことも多いですよね?例えば、自分がやりたい事業やマーケティング施策などが、GOか、No GOか。あるいは多数の人が参画するプロジェクトでは、個人の考えが違いすぎて収束しないとか。そのあたりのコンフリクトは、どのように受け止めていらっしゃるのでしょうか。コンフリクトがあるのは当たりまえとして、そのマネジメントの秘訣を教えていただけますか。


伊藤 確かにコンフリクトコントロールは、ダイバーシティマネジメントのポイントのひとつですね。もしかしたら、画一的な個のほうが、マネジメントはしやすい側面もあるのかもしれません。ただ、私たちは、プロジェクトを行うときには、事業としてのありたい姿をみんなで描くことも必ず一緒に行います。みんなで考え、みんなで選ぶということを非常に大切にしています。


私はゼクシィの編集長をしていたことがありました。その時もゼクシィについて、担当メンバーは、これをやりたい、あれをやりたい、というディスカッションをしたのですが、ただ、そこから答えをまとめるわけではないのです。リクルートのゼクシィとして、こういう世界を提供したい、このような価値で貢献したい、というありたい姿をみんなで描きます。そのうえで個々人が「自分はどう貢献したい、これをやりたい」と自分の言葉で話す。こういったプロセスで、例え若手であってもその意思を会社は信じるし、逆に個人としては自分の意思を問われるわけです。



自身のWillから、全てが始まる。
─── なるほど、『あなたはどうしたい?』文化が、常に個の姿勢を問われ、自立した個を育成していくのですね。内的なモチベーションが喚起されますよね。


伊藤 そうですね。リクルートでは、原則として役員含め全社員がWill-Can-Mustシート、というものを持っています。半年に一度、全員がWillの部分を書くのです。Willには半年から2,3年後を見据えて自分はどうしたいのか?を描きます。そして、Canは自分の強み。あるいはCan not、ありたい姿に対する、自分の課題、を書き、まず自分自身と向き合うわけです。


そして、このシートを使った上司とのコミュニケーションの中で、こんどは上司が『あなたのWillのために、自分はこう支援します、弱みを克服するために、こういうプロジェクトの機会を与えます』、というように一生懸命考えるのです。


最後にMustという欄に向き合い、では半年間、個人のありたい姿と、会社の目標をベースにしたあなたのミッションはこれですよ、といったすり合わせをします。なので、一人ひとりの可能性を信じるというのは、Will Can Mustシートと密接に繋がっていて、まずWillに書かれた可能性を信じることがベースです。そのWillを達成するために、どうやって実際の仕事と繋げて、ミッションを付与して、指導していくか、という事がリクルートのマネジメントの根幹にあるのです。


─── 素晴らしい仕組みだと思います。多くの会社はまずMustから始まるのではないでしょうか。リクルートは逆にWillから始まり、個の尊重、ということを語るだけでなく、を仕組みとして体現しているのですね。


伊藤 その通りですね。Mustから始まって、Canを考える会社が多いと思います。Willは、自分の可能性を信じることでもあるのですが、実際上司として部下と対峙してみると、実に色々なWillが出てきます。それを、如何に会社のミッションともつなげ、個人のWillにも繋げていけるのか、が難しくもあり、上司としての腕の見せ所にもなりますね。


─── ご自身のWillは入社時と今とでどのように変わってこられたのでしょうか。


伊藤 私は中途入社ですが、実は入社前は専業主婦でした。その前は一年の社会経験しかありません。いわゆるブランクの期間、そしてキャリア期間の少なさが、職探しにはネガティブに働き、苦労しました。ところがリクルートだけは『あなたの話は面白い』と、そして、『専業主婦の経験こそが価値がある』と言ってくれたのです。本当に一人ひとりの多様性を信じる会社なのだ、ということを就職面接のときに実感しました。私自身のことを受容してくれているのだ、と感じた瞬間でした。そして、最初は1年契約の、最長3年間で採用されました。ですので、入社当時のWillはシンプルに、頑張って仕事をしたい、というものでした。それが、就職面接を皮切りに、入社後もあらゆる場面で個を尊重してもらった実感値が積み重なり、社員一人一人の、そして個々のお客様の可能性を信じる価値観が形成されてきたと思います。今では『自分のことから、社会のことへ』とWillが変わりました。お客様の働く選択肢、結婚式の選択肢、そんな社会の中での個を尊重し、どのようにお客様の課題を解決するのか、といったように変わってきたと思います。


─── 貴重なお話をありがとうございました。

人が資産、とどの企業も言うが、一人ひとりの社員を本当に信じて力としている企業は案外少ない。リクルートの場合は、個人の可能性を信じるだけでなく、意思を持ち、自立した個を育てる企業文化があり、それがグッドサイクルになっている。


新規サービスの事業化にあたっては一定の基準を設けて厳しく選考されるが、「New RING」と呼ばれる新規事業提案制度など、リクルートでは個人のやりたいことを提案できる場を設けることで「個の尊重」を実現している。
多様な価値観を受け入れるからには、受け入れられる個人も、明確な意思を持ち、価値ある個であり続けること、リクルートの強さの裏側には、そんな厳しさもあると思う。


(インタビュアー : 松風里栄子 本誌編集委員)

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