今までの価値観を、どのように外国の地で土着化させるか

日本へ旅行する外国人が年々増加傾向にあり、外国人向けのマーケティングや地方における外国人旅行客誘致のための課題を企業として考える必要性が大きくなっている。

私は人生の半分以上の時間、国外に居住して小さな会社を設立し、ビジネスをしている。過去にアメリカ東海岸、西海岸、シドニー、ジャカルタ、香港、台湾とビジネスの拠点を移してきた。「モノを作る場所と売る場所」を移動してきたのである。現在は、台湾をモノ作りの拠点とし、主に売る場所として日本や世界市場をターゲットとして、組み込み系システムを核としたIoT(Internet Of Things)の製品開発や事業開発のコンサルティングを行っている。


台湾人をはじめとして、政治的な国境をまたいだ「大中華圏」(Greater China)に住む人々の考え方は、モノを作るにしても売るにしても価値観、習慣に特異なものがある、と経験上学んできた。ここでは、異なる文化圏で成長してきた企業や人々にどのように溶け込み、自分が確立してきた価値観や物事の行い方をどのように外国の地で土着化させ土着力を培うことが出来るのか、を説明したい。


ICT製品のプロダクトマーケティングや製品戦略の策定という領域が私の専門であるが、時にはブリッジプロジェクトマネジャーのような立場で日本と台湾の協業案件、開発案件、投資案件を橋渡しし推進してきた。まずはそこで観察した台湾人の土着力を説明する。


土着力を実践している台湾人
台湾のIT企業は、OEM/ODMビジネスで経済力をつけてきた。彼らは、多品種少量生産よりも大量生産を依頼してくる顧客を歓迎する風潮があった。どこよりも早く安く短期間で大量の生産を行うことを得意としていたのである。ところが台湾から生産拠点が徐々に中国に移ると、台湾企業は中国内でのサプライチェーンを構築し、広大な国土内に工場団地を造り始めた。あっという間に中国沿岸部を始め、内陸部にも台湾人のコミュニティが生まれて学校なども含め台湾人村が各地で生成されていた。

 

そこで働く台湾人技術者や経営幹部たちは、台湾の大学を卒業するとすぐに中国へ渡り、そこで根を張って家族を養いながら生活している人たちである。彼らの子供たちは中国での教育を受け大都市の大学に進学するか、外国へ留学して再び家族がいる中国にUターンする。


このことが可能なのは、ほとんどの台湾企業が家族企業としてスタートアップし、現在の経営陣も同族経営である場合が多いからである。彼らは、異邦人でありながら土着化の精神を大家族の中で共有しているのである。


台湾人は、同じ華人とはいえ、中国人と歴史的にも政治的にも異なるアイデンティティを持つ。言葉遣いも微妙に違い、発音の違いもある。それでも彼らは中国の人々の価値観を受け入れ、台湾人のアイデンティティを保ちながらビジネスをしている。それにしても中国だけでなく、世界中の大きな都市にはどこでも華人がいるのではないか?なぜか?

 

彼らがなぜ国外に移住したかの政治的歴史的背景はともかく、ビジネスという切り口で考察すると、冒頭で述べた「モノを作る場所と売る場所」に応じて狩猟民族のように移動する必要性を肌で感じ取る人たちだ。そしてそこで土着化してきた人たちが成功しているように見受けられる。大家族でこの同じ価値観を共有し、息子娘、その孫まで連綿とこうした精神が受け継がれているのである。
では、どのように土着化するのか?


土着力の培い方 その1
私はアメリカで多言語環境のシステム開発をしていた時に、職場に世界中からエンジニアが集まっていた。英語が共通言語だったわけだが、私も含め彼らの英語はかなりブロークンだったように思う。それでも意思の疎通が図れたのは同じ目標を達成するために価値観を共有しようと努力したからにほかならない。


それでも軋轢や摩擦は生じたことは否めない。土着化の障害、軋轢摩擦の大きな要因は偏見であるが、その偏見をどう克服できるだろうか?


「偏見」を定義することは難しいが、偏見とは、「一個人に対して、特定の集団の成員だというだけの理由に基づく消極的な見方や考え方のことである」と言う人もいれば、『ある集団の成員たちに対して不十分な情報に基づいて早計な判断を下してしまう』場合の、その見解のことである、と言う人もいる。いずれにせよ、偏見というものは、自分とは異なる人種、体型、性別、言語、宗教の人や、自分とはどこか違うように思える人に違和感を覚えることから生じる。


偏見を克服するには、自分に正直であり、おそらく心の奥深くに程度の差こそあれ何らかの偏見を抱いていることを認め、ビジネスという鏡に自分を映し出すことで、すこしずつ偏見を取り除いていく。それには謙虚さと勇気がいる。差別は目に見え,法律で処罰できる行為であるのに対し、偏見は人々の内奥の考えや感情に関連した、容易には規制できないものだからだ。


台湾にいると50以上の方言を話す中国人の凝縮された社会を見るようで興味深い。社会全体が異なる背景を持った人たちに寛容なのだ。人間同士の「車間距離」の保ち方を知っている人たちが回りにいるのは心地よい。


土着力の培い方 その2
台湾人を観察していると、どうやって土着力を培っているのかある程度わかる。まず言語の習得である。中国語には50以上の方言があるといわれ、ふつう家庭内で、友人同士ではいわゆる「普通話、国語」ではなく方言で話すことが多い。台湾人は中国の各地でビジネスをし、その場所に溶け込むために、彼らのように話し考えるのである。


人生の半分以上外国にいると、使う言語によって自分が外に発する人格、個性が異なっていることを周りにいる人に指摘されたことがある。英語を話している私は論理的で、中国語を話している私は情熱的で、日本語を話すと柔和でやさしいそうだ。ほんとうにその通りだと良いのだが。それはともかく、その言語を話す人たちに溶け込むには言語によって人柄が変化するほどまでに話し、言葉のニュアンスや考えの伝え方を学ぶ必要がある。言語を学ぶことはある意味人格を変化させることにつながるように感じている。最初のうちはブロークンな言語使いでも良いのである。台湾人が外来語としてよく使う「Kimochi」を伝えることが目標なのだ。次にその国で生活している人たちと同じものを楽しんでいっしょに飲み食べる。気が付くと自分の体臭がその国の食べ物の発するにおいになっていることを周りにいる人から指摘されることがある。


その国の人たちと親しく交わると、物事の考え方、行い方、良くも悪くも結果をどのように受け入れるのかなどの人々の価値観を垣間見ることができる。そのうちその国の人々が好きになる。親友もできるようになる。そしていつの間にか自分が存在するだけで醸し出す雰囲気が、その国の人が醸し出す雰囲気に似てくるのである。ロスアンジェルスのローズミードというところにいた時に、ショッピングモールのベンチで休んでいたところ、となりにいた台湾人のおばさんがいきなり「今度の大統領選はだれが当選すると思うか?」と聞いてきたことがある。

 

東京の地下鉄のホームで電車を待っていた時に、台湾人の旅行者と思われる数人がいきなり「六本木にいくにはどの電車にのったらよいのか?」とそれぞれ台湾なまりの中国語で聞かれたことがある。もちろん私は台湾なまりの中国語で答えた。私も醸し出す雰囲気が台湾の土着のものになったのかもしれない。


日本企業にとっての現地化の方法
進取の気性があり、だれとでも仲良くなれる若い人を現地に送り込むこと。彼/彼女のミッションはその国で自分の価値観を確立させること。次に業界業種にかかわらず、同じ価値観を共有できる友人をなるべく多く作ること。彼/彼女が現地の人たちから人間として高い評価を得ていることがわかったら、進出の機は熟しているかもしれない。

 

関根  達記   (せきね  たつき)
新規事業開発、戦略実行支援、プロダクトマーケティングコンサルタント。ブリッジPM、コーチングスペシャリスト。IT 分野の広範囲で豊富な知識を生かし、エレクトロニクス、コンピュータ関連の製品開発、製品仕様の策定、生産管理、市場戦略への助言および実務レベルでのプロジェクト実行参画を行っている。

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