オープンイノベーションが企業の生命線 医療系ベンチャーエコシステム

医療系では、大学など研究機関やベンチャー企業との連携の優劣が、大企業の命運を分ける。

薬の世界の売上トップテンで、ベンチャー起源の品目は2001年は一つだったが2014年は6つに増えている。米国FDAに1998-2007年に承認された新薬252のうち、米国企業が117、日本企業が23を数えるが、そのうち大企業発でなく大学やベンチャー企業発の薬が米国は72と6割に上る一方、日本はわずか4しかない(ネイチャー2010年発表の論文による)。

 

大企業が自ら新薬を生めない傾向はさらに強まり続けており、いまやオープンイノベーションが戦略の基盤となっている。



ポテンシャル大でも死の谷に落ちる日本
では日本の大学・研究機関がだめかというと、その逆だ。日本のライフサイエンスの研究は世界トップレベルであり、ノーベル賞をはじめすごい技術が数多い。また、日本の大学の理科系研究者の半数以上がライフサイエンス分野であり、数も十分。メディアではITなどが脚光を浴びることもあるが、ライフサイエンスにもっと期待してよいはずだ。だが日本の研究機関からの製品化・事業化の例は少ない。それはなぜか?


もっとも言われているのが「死の谷」問題だ。研究室から臨床試験を経て製品化されるには、知財、薬事、戦略、プロジェクトマネジメント、資金調達など色々と壁がある。米国のエコシステム(生態系)では、ベンチャー企業がこの死の谷を越えるブリッジの役割をしているが、日本はここがとても弱い。日本の大企業が発展するためにも、ベンチャー企業を含むエコシステムが鍵となるが、いままで本格的なベンチャー振興策は不在だった。


オープンイノベーションに熱心な世界大手
これに加え、メガファーマと呼ばれる世界の大手製薬会社の動きはアグレッシブだ。2015年ノーベル生理学・医学賞受賞の大村智博士のイベルメクチンは海外のメガファーマが製品化して大きな利益を上げたが、これは例外ではないどころか状況は厳しい。海外の大手各社が日本を含むグローバル市場から技術と研究者をソーシングしているのが実情だ。

 

Precompetition=あるところまでは囲い込まずほぼ無条件でベンチャー企業を支援する、といったエコシステム的発想をもってプログラムを実行しているメガファーマもある。例えば、ジョンソン・アンド・ジョンソンは、社員の20%の時間はベンチャーエコシステム醸成に使いなさいと唱えているくらいだ。


そして、メガファーマのアグレッシブさは高まっている。メガファーマが投資しているベンチャー企業のマッピングをみると、その件数と金額はもちろん、デジタルヘルスなど多様な分野への”種まき”投資が目を引く。MSDはベンチャーキャピタルのグロービス・キャピタル・パートナーズと組んで、日本でヘルスケア領域のベンチャー育成プログラムを始めた。
日本企業も手は打っているが、押されている感がある。


世界があっと驚いた日本の規制改革
再生医療等製品の条件及び期限付承認が2014年11月に施行され、2015年9月には改正法の下で最初の再生治療製品が複数承認された。簡単に言うと、製品を市場に出すまでの期間を劇的に短縮したのだ。ネイチャー誌などで本規制改革への疑問が呈されるなど、世界をあっと驚かせ、議論が巻き起こった。そして、米国がこれに追従するかような規制変更を発表したが、日本のそれには遠く及ばないものに留まっている。


これが多くの再生医療企業にシグナルを送り、実際に米国から東京に本社を移転したベンチャー企業もある。これはベンチャー企業だけでなく大手を含む広い対象の改革だが、イノベーション加速への強力な施策だ。
最近では、金融庁の仮想通貨法、つまり日本が世界で初めて国としてビットコインを認めた規制改革が世界の注目を浴びたが、近年の日本政府はイノベーションに力を注いでいる。
再生医療に続き、今年7月には革新的医療機器の、10月には医薬品についても、条件付早期承認制度が施行された。

 

エコシステム醸成でベンチャーも研究機関も大企業も
筆者が座長を務めた厚労大臣の私的懇談会「医療のイノベーションを担うベンチャー企業の振興に関する懇談会」が昨年7月に発表した報告書にもとづき、厚労省を中心としてその実行に移っている。現在は「医療系ベンチャー振興推進会議」が、PDCAサイクルの後押しと助言を行っている。報告書の提言に則り、この4月には厚労省はじめ関連機関にベンチャー振興の担当者が任命され、10月には厚労省主催で「ジャパン・ヘルスケアベンチャー・サミット2017」が開催された。


これはベンチャーだけを利することにはならない。医療系分野でエコシステムが発展すれば、大学など研究機関はその研究成果が世に出る率が上がり、大企業はそうした研究からの製品化が増え、好循環がつくられる。もっともこれは日本に閉じたものではなく、オープンなエコシステムとして、国際的な発展を志向している。


世の中には、こうしたお役所のベンチャー振興の動きについて、冷ややかな声もある。だが何もしなければ、将来は暗いだけだ。反対意見がある中でも挑戦するのが起業家精神であり、「規制から育成へ」と唱えて前に進もうとする意義は大きい。


日本での医療系ベンチャー振興は始まったばかりで、道のりは長い。その成否は、エコシステム醸成にかかっている。
そして、これだけベンチャー企業との連携をはじめとするオープンイノベーションに大企業が懸命に取り組んでいる分野は、他には見当たらない。他の分野の企業にとって、本分野は参考になるのではなかろうか。

 

 

本荘  修二   (ほんじょう  しゅうじ)
本荘事務所 代表
多摩大学大学院経営情報学研究科(MBA)客員教授
新事業を中心に、イノベーションやマーケティング、IT 関連などの経営コンサルティングを手掛ける。日米の大企業、ベンチャー企業、投資会社などのアドバイザーや社外役員を務める。
500 Startups、始動 Next Innovator、福岡県他のメンターを務め、起業家育成、 コミュニティづくりに取り組む。

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