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「たかが音楽、されど音楽」がファッションと音楽の関係性

親和性の高いファッションと音楽だが、その紐づけに明快な答えがある訳ではない。

やれブランドのイメージソースが米国西海岸のサーフカジュアルだとか、フランチシックだとか。「らしさ」の部分を表現するために海の匂いのする選曲だったり、現代フレンチポップシーンの歌手だったりを起用する訳だが、それはあくまでも副次的な要素で、直接的に売上げに貢献しているかの判断は難しいところだ。昨年、ファッションビジネス学会で「セレクトショップを中心とした店舗におけるBGMの位置付け調査及び傾向分析」(共同研究者・USEN小島万奈)というタイトルで研究発表と論文を出稿したのだが、質疑応答の中で、「売上げの多寡との関連性は調査できるのか」という質問が出た。

 

言わずもがな売り場の環境は千差万別で、形のない音楽は流れて消えていくもの。それを数値化したり、定量分析を試みること自体がかなり困難なことは自明の理である。そういったアプローチは難しいとしても、音楽との関係性を途切れさせることなく、販促や売り場環境に落とし込んでいるのが今のファッション業界の実態でもあるのだ。


では、実際に音楽との関わり方について2つの視点から述べることにしよう。

 

まずは、ブランドイメージの向上のために販促ツールとして活用している事例だ。例えば、帽子のカシラはセカオワ、高橋幸宏ほか多数のアーティストへの衣装提供や「サマーソニック」とのコラボブース出展を行い、自身が冠となった「カシラロックフェス」なども開催している。

 

アーバンリサーチは「アーバンリサーチ・ドアーズ」ブランドで、昨年5回目を迎える音楽フェス「タイニーガーデンフェスティバル」を1500人規模で開催しており、子供たちも一緒にテントで泊まり、アットホームな雰囲気でファミリー層を呼び込んでいる。ベイクルーズグループの「イエナ」は昨春夏の立ち上がりに、ジェーン・バーキンの娘でミュージシャンのルー・ドワイヨンを「メゾン イエナ 自由が丘店」に呼んでインストアライブを行った。

 

パルグループの「ガリャルダガランテ」は、ライブハウスの「ブルーノート」でイルマレコードとコラボし、ライブを開催。ナノユニバースは多くのミュージシャンとのコラボ企画を行なってきたが、昨年は、アミューズ所属のアーティストへの衣装提供やPR展開などのコラボを実施した。TSIホールディングスの「フリーズマート」は音楽フェスの「グリーンルーム」にブース出展したり、LDHから昨年4月にデビューしたLeolaのプロモーションDVDを店舗プロジェクターで映写するとともに衣装提供、SNSでの展開など彼女のファンへのブランドPRを展開している。

 

ノーリーズは、FM放送局「J-WAVE」との連携を10年以上続けており、交流も深めているそうだ。ヰノセントは、ユニバーサルミュージックとコラボし「ボンジュール・ニーム」「フェット・ブルー」の2枚のアルバムを発売。ロンハーマンも本国でCDを発売している。またビームスと「フジ・ロック・フェスティバル」とのコラボは有名だ。

 

このようにフェスに協賛出店し、イベント限定のオリジナルグッズを販売する事で、ブランド認知の向上と一定の売上げを実際に作っているブランドも多い。また一般的にCDが売れず、音楽配信に偏る中で、ライブやフェスのように体験型のイベントは賑わいを増している点に着目して、「モノからコト」への消費シフトに対応しているといった側面もある。インストアライブだけではなく、仕入れブランドのポップアップに合わせたDJイベントとアフターパーティーの開催など、顧客へのサービス並びに新規顧客開拓のための呼び水としても音楽という要素は欠かせなくなっているのだ。

 

同時にカルチャー発信の強いブランドほど、それぞれの音楽シーンやアーティストとの結びつきが強く、そのカルチャー的背景をそのままイベントに持ち込むことで、付加価値を高め、販売にも一役買っている部分も大いにある。つい最近行ったフェイクショールームのセレクトショップ「キャンディ」における「ニューフューチャーロンドン」のポップアップイベントでは、ブランドとの結びつきが強いロンドンのクラブ「VISIONS」のDJとともにデザイナーが来日し、渋谷のクラブでアフターパーティーも行うといった形で、コト消費をモノ消費に還元させる逆パターンを狙ったものだったといえる。こうしたCD、フェス、ライブ、DJイベントといった音楽そのものとの取り組みにより、モノからコトへ、或いはコトからモノへの訴求が図られている。

 

もう1つの視点は、冒頭述べた店舗BGMとしての音楽だ。原宿の「インターナショナルギャラリービームス」は、BGMの流れていない珍しい店舗だが、これは稀有な例である。客に対して一定の緊張感を持たせたいと無音にしているらしい。しかし殆どの店舗は何某かの音楽を流している。店舗の雰囲気を構成する要素としての音楽については、大前提として、まずは商品と接客ありきで、音楽はあくまで副次的というのが大方の意見だ。「音楽はすごく大切にしているが、あくまで洋服、スタッフ、内装、香り、ディスプレイなど全体の要素の一つなので、主張し過ぎないようにしている」(ロンハーマン)や「タレントなどを使用したブランドイメージ戦略は行わないのと同様、人や香り、音での印象をつけたくない。あくまでもブランドが主役と考えている」(アバハウスインターナショナル)といったように。

 

だからといって各社とも手を抜いている訳ではない。PL(プレイリスト)の選曲はプロに外部委託したり、内製化するにしても、音楽に詳しいスタッフが担当している場合が多い。外注している企業は、シップスが「UNITED FUTURE ORGANIZATION(U.F.O.)」の松浦俊夫氏、イエナはコレットの音楽担当兼タレントスカウトとして知られるCLEMENT VACHE、ガリャルダガランテはイタリアのダンス系に強いレーベル「イルマレコード」、エストネーションやフリーズマート、KBFも音楽関係者にそれぞれシーズンテーマなどを刷り合わせ、細かい場合は月単位で、また長いスパンでも春夏、秋冬のシーズン立ち上がりとセール期、クリスマスの年5回程度のサイクルで更新している。内製化している企業ではVMD担当者か、ブランドディレクターとPRが行っているケースが目立つ。

 

ナノユニバースは「ほぼ音楽業界人」と言われるVMDとウェブの音楽・映画担当者が毎月10~12時間分のPLを作成していた。ビームスは、「ビームスレコーズ」を立ち上げたビームス創造研究所の青野賢一氏が「空間の一部なので接客の邪魔をしない程度に、商品、お店、お客様の間をつなぐような自然感のある」環境作りと位置付けて選曲している。ロンハーマンのVMD担当は「心地良いだけの曲がずっと続いても面白くないので、時には刺激的な曲、緊張を緩ませてくれる曲、聴いたことのある曲、旬な曲なども意識して入れている」という。

 

カシラのクリエイティブディレクターは「代官山店は主にゆったりしたジャンルで音は少し低め、表参道店はクラブミュージック系で大き目、渋谷店はロック系で」と顧客層に合わせて選曲。また「各店舗にある程度任せている」というのは、ヰノセント、トゥモローランドなどで、日本語の歌詞はNGだったり、USENのチャンネルをいくつか指定したりとある程度の縛りをかけて任せているケースが殆どだ。フリーズマートは、店舗設計の際に音響設計会社を入れ、スピーカー配置などもこだわって設置している。

 

このように各社ともシーズンテーマやブランド親和性を加味したPL作成と音量やスピーカーなどの環境設定に腐心しているのだ。もちろん、それがすぐ売上げに直結する訳ではない。だが、それはサブリミナル効果のようにジワジワと消費者に対してストロイヤリティーを高める効果をもたらすと確信している。

 

ファッション業界にとって音楽は「たかが音楽、されど音楽」という、切っても切れない仲なのである。

 

久保  雅裕  (くぼ  まさひろ)
アナログフィルター『Journal Cubocci』編集長 / 杉野服飾大学特任准教授 / ファッションジャーナリスト・ファッションビジネスコンサルタント。
1963 年東京生まれ。繊研新聞社に22年間在籍。『senken h』を立ち上げ、アッシュ編集室長・パリ支局長を務めるとともに、子供服団体の事務局長、IFF・プラグインなど展示会事業も担当し、2012 年に退社。大手セレクトショップのマーケティングディレクターを経て、2013 年からウェブメディア『Journal Cubocci』を運営。共同通信や Fashionsnap.com、アパレルウェブなどに執筆・寄稿し、杉野服飾大学特任准教授、共立女子大学非常勤講師の傍ら、コンサルティングや講演活動を行っている。また別会社で、海外に進出するブランドのサポートや日本ブランドの合同ポップアップストアなどをパリで実施。国内では合同展「ソレイユトーキョー」を開催し、クリエーターの支援をライフワークとしている。

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