このページを印刷

新分野開拓と事業化

技術者にとって、世界を驚かす技術を開発し、事業創出・新分野を開拓するのは大変な喜びである。

事業創出では開発した技術や製品が多くの人に喜ばれる必要がある。既に市場がある改良型製品ではターゲットが明確なので、良いものを安く作れば売れる。しかし、市場創生型製品では見込める市場の大きさや使う人が感じる嬉しさの度合いを考えて技術開発をする必要がある。どんなに高度な技術でも、使う人が喜ぶ技術の活用例を具体的に示さないと市場は開けない。あまり注目されなかった技術が一つの興味深い活用例の出現で大ヒットすることもある。数多くの活用例を示すにはそれを試験的に使ってくれる人をどう増やすかも重要である。また、市場が開けると、多くの競合製品が現れるので技術を特許で保護し、次世代技術を考えておくことも必要である。


筆者は生体試料を分析対象とする黎明期の新技術開発(質量分析用イオン化技術、DNAシーケンサー(DS)、1細胞解析技術など)を行い、それらの事業化にも関与してきた。そこで、これまでの経験を中心に技術開発と事業化についてお話したい。


事例1:質量分析用新イオン化技術
入社後、大気圧イオン化質量分析計、LC/MSあるいはMASIMS(matrix assisted secondary ion mass spectrometer)など種々の新しいイオン化技術の開発と事業化を行ってきた。1976-1980年はそれまで測定が困難であった熱に弱い不揮発性生体関連物質を対象とした質量分析の黎明期である。この課題に応える新たな手法としてMASIMSを開発した。これは試料をグリセロールマトリックスで包み、固体表面に塗布して真空中に保持、高速イオンを照射して照射領域をプラズマ状態にして弾き飛ばし(スパッタ)イオン化する技術である。高速イオンによるスパッタイオン化は固体の元素分析法として発展していた。マトリックスを用いることで、それまで測定できなかった種々生体関連物質の分子イオン測定を可能にした。


この技術は既存製品にオプションとして装着できたので、早期に製品化された。市場開拓には使う人が興味を持つ種々物質が測定できることを示す必要がある。そこで多くの生命科学分野の研究者を訪ねて種々試料をもらい、測定してデータ集を作成した。このような努力で市場は順調に広がっていった。


当時新しいイオン化方法としてイオン照射でなく、レーザーパルスでターゲットをスパッタしてイオン化する方法(LDI; Laser Desorption Ionization)も提案されていたが、測定対象は小さい分子に限られて注目度は低かった。また、この方法ではイオン種を走行時間で分離するTime of Flight型質量分析装置(TOFMS)が用いられていたが、分離能が低く実用的でなかった。


しかし、その後、弱点であったTOF分離能の向上がアメリカのグループによりなされ、さらにマトリックスを使う試料導入とLDIが組み合わされて使いやすい技術(MALDI-TOFMS)として他社から製品化され発展した。当初はわき役と思われていた技術が主流の分析技術となり、今日に至っている。事業化では競合技術の弱点解消の可能性も考えて手を打つ必要があることを感じた経験でもあった。


事例2:DNAシーケンサー(DS)
質量分析関連の種々新技術を開発し、製品化も果たしていたが、1970年代終わりごろ「世界に誇れる新技術を開発せよ」との指令を受けた。新技術と言われても何をして良いか解らない。面白そうに見えるものはその分野を面白くした大御所が既にいる。自分が活躍できるか疑問である。一番良いのはあまり人はいないが将来発展する分野である。当時新聞で、「遺伝子組み換えにより新たなたんぱく質を作る」ことが話題になった。発展する分野に見えた。「遺伝子組み換えで蛋白質を作るのは自分の仕事では無いだろう。基になる遺伝子DNAの解析は重要だし、その装置を作るのは自分の領域だ。」と考え、1982年開発をスタートした。


全く未知の分野であり、不安であった。人は困難に遭遇すると、自分に都合のよい理屈をつけて逃げ出したがる習性を持つ。これを防ぐために「この道以外に自分の将来はない。DS関連が自分のライフワークだ。」と自分に繰り返し言い聞かせ、それまでの中心研究テーマであった質量分析の研究者をグループから分離・独立させるとともに周りにもDSの開発を宣言して退路を断った。


DNA分野に入ってみると、世界は広いものでDNA解析の自動化を目指したプロジェクト(和田プロジェクト1981-1983)が既にスタートしていた。そこで第2次和田プロジェクト(1984-1986)に参加させていただいた。DSではDNAの末端をそろえて種々の長さに切断したDNA断片をまず製作し、末端塩基種に応じて異なる蛍光体で標識する。ゲル電気泳動でこれらを長さ分離し、蛍光の色で末端塩基種を識別して塩基配列を決定する。開発が終わり蓋を開けてみると、蛍光式DSの開発は世界数か所でほぼ同時期に進められていた。ABI社がいち早く製品化し、他社がそれに続いた。


複数の技術者が類似技術を開発すると事業化は早くなる。競争が起こるので技術進歩も早くなる。この技術進歩を期待しつつ、「ヒトゲノム解析計画(HGP)」が1990年世界規模でスタートした。HGPにはより高性能のDSが必要で、新たな技術開発競争が起こった。このような場合、従来技術の延長で行くと目標性能の達成は早期にできるが発展性が少ない。一方、全く新しい方式では時間がかかりすぎる場合が多い。これらを考慮し、技術的な継続性はあるが新たな特許性と発展性のあるキャピラリーゲルアレー電気泳動DS(CGAEDS)の開発に取り組み、世界に先駆けて完成させた。

 

事業面ではDS用試薬と世界中に販売ネットワークを持つABI社と事業提携したことで、このDSは世界トップシェアを獲得した。これは「2003年のHGP終了」に大きく寄与し、バイオ分野の基本的なツールとして長い間世界中で使用された。当時、段階反応を用いた全く新しいDSも考案されたが、反応効率が悪く実用にならなかった。


HGP終了後、DNA解析をもっと安く、早く行う技術開発を目指した$1000ゲノムプロジェクト(米国NIH(国立衛生研究所)2004年~)をきっかけに段階反応技術が改良され、高性能次世代DS(CGAEDSの3桁以上のスループット)が実現した。これは現在の主力DSとして普及している。


事例3:1細胞解析ほか
次世代DSの開発には人手と膨大な資金が必要であった。それらがない場合にはその次を狙うしかない。未来永劫DS開発合戦が続くわけではない。これまでのゲノム解読では試料として膨大な数の細胞を一纏めにして用いており、それらの平均的な情報が得られる。しかし、それでは本当の生命現象は見えない。生命システムの基本単位は細胞だが1細胞レベルで定量的な分析はなされてなかった。そこで2006年大学の仲間と特定領域研究「ライフサーベイヤを目指して」を提案し、1細胞解析技術開発を始めた。


国際会議を開催し、仲間を増やしていったが、当時は多くの人が「1細胞解析なんて必要ない」と否定的であった。ところが、2011年米国NIHが1細胞解析関連技術開発プログラムを、欧州も類似のプログラムをスタートさせて技術が急速に進展した。現在では多くの人々が興味を持ち、1細胞解析が生命科学のブレークスルーだとさえ言われている。1細胞解析が世界中で行われ、各臓器組織を構成する細胞種が分かってきた。


しかし、1細胞採取のときに組織をバラバラにするので各細胞が組織のどこにあったかはわからない。そこで位置情報を保持したまま、1細胞あるいは細胞隗を採取して解析する技術開発を現在進めている。
さらに技術が進歩すると、グーグルアースの生命版のようなシステムができるだろう。特定の部位を刺激するとそれが細胞から組織および生体全体にどのように影響を与えるかシミュレーションできるようになるだろう。医療の治療や薬効のシミュレーションさらに生命現象の解明に大いに貢献すると考えている。今はそれを実現するための基本技術をいろいろな角度から開発している段階で、このようなシステムは将来大きく発展するような気がする。


終わりに
人にはそれぞれ個性があり、置かれた状況も異なる。技術開発でも事業創出でも自分に合ったやり方は何であるかを見極めて勝負することが重要である。将来を予測する訓練は重要である。これ と併せて、どのように世の中が変化していくかを見 極めながら、俊敏に行動することが新分野・新技術 開発には大切ではないだろうか。

 

神原  秀記  (かんばら  ひでき)
早稲田大学ナノ・ライフ創新研究機構  招聘教授
日立製作所  名誉フェロー
生体関連物質の質量分析黎明期に新しいイオン化技術(APIMS, matrix assisted SIMS, LC/MSなど)の開発を行う。また、DNAシーケンサー開発のパイオニアとして種々DNA解析技術の開発に取り組み、キャピラリーアレーDNAシーケンサーなどヒトゲノム計画に大きく寄与する技術開発を行う。現在、多くの1細胞の中味及び組織を構成する細胞の中味を1細胞レベルで分析する技術開発に取り組む。

このアイテムを評価
(0 件の投票)
コメントするにはログインしてください。

関連アイテム