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マーケティングにおける「和える」ことの意味と意義

「異質のモノを組み合わせたり、融合させたりすることから新たな価値が創造される」ということは、これまでも様々な業種や製品、組織で行なわれてきた取り組みである。

こうした取り組みを示す「コラボレーション」という言葉は、既に一般用語となり、様々な場面で用いられているが、今や思考停止用語になっているようにも思われる。「産官学連携」ということが言われるようになってから久しいが、その取り組みは一進一退を繰り返しているように見える。仕組みづくりをする人は、異質のものを組み合わせたり、混ぜ合わせたりすると、すぐに何か新しい化学反応が起こることを期待する。しかし、そこに当事者としての経験知や創意工夫、更にはすぐに結果が出なくても継続し続ける胆力がなければ、新しい価値の創造にはつながらない。異質なものが「混ざる」ことを期待するのではなく、自らが意思や覚悟を持って「混ぜる」という能動的な行為が求められるのだ。この能動的な行為が「和える」という本号のキーワードに繋がって行くような気がする。そもそも、「和える」という言葉はあっても、「和わる」という言葉は聞いたことがない。その意味からも、「和える」というキーワードを突き詰めていくと、「和える人は誰か」、「誰が和えているのか」という“人”の問題へと行き着く。


「和える力」とは、強い意志と覚悟、そして胆力
本号のトップインタビューに登場していただいたソニーコンピュータサイエンス研究所(ソニーCSL)ファウンダーの所眞理雄氏は、自らも研究者として様々な分野、領域の研究特性をうまく結びつけ、新たな研究領域を開拓するなど「研究分野を和える」とともに、個性豊かな研究者の特性を生かしながら伸ばすなど「研究者も和えている」。また、親会社のソニーとの関係においても、とかく短期的な志向に陥りがちな企業の価値観と、人類の為に本当に役立つ研究が何かということを探求するソニーCSLの研究所としての「価値観を和える」ことも行なっている。更には、研究所内の研究技術を営業・プロモーションし、新たな価値創造へとつなげていく取り組みであるTPO(テクノロジー・プロモーション・オフィス)を創設し、研究所内の研究・技術を「外部と和える」取り組みも行なっている。こうした一連の取り組みから、企業経営において求められるのは、経営戦略や技術戦略、マーケティング戦略などを強い意志と覚悟、そして胆力を持って和えていくことなのだ、とあらためて感じる。


マーケティングと技術をどのように和えるか
本年7月にはじめての「オープンイノベーション白書」が、新エネルギー・産業技術総合開発機構(NEDO)から発行された。白書では、オープンイノベーションの創出方法を、外部の技術などを自社内に取り込む「インバウンド型」と、自社の技術などを外部とつなぐ「アウトバウンド型」、そして産官学連携に代表される「連携型」の3つに分類している。もともとクローズドでインテグラル(擦りあわせ)なものづくりに長けていた日本企業は、欧米企業と比べて、「オープンイノベーション」には弱いと言われているが、実際、日本企業は、産官学連携に代表される「連携型」の仕組みづくりから入るケースが多いようである。


この方法論をマーケティングに当てはめてみると、「インバウンド型」とは、消費者や世の中が潜在的に求めているものを、外部(市場)から発見・発掘し、新商品を創造する「マーケットアウト」に近く、「アウトバウンド型」とは、外部チャネルを活用し、消費者や社会のニーズを掴み、消費者目線で新商品の企画・開発を行なっていく「マーケットイン」に近いように思う。企業内部にリソースがある研究・開発(技術戦略)と、市場がキャスティングボードを握るマーケティング戦略とでは、インとアウトの発想が逆転していることが、大変興味深い。しかし、技術戦略にせよ、マーケティング戦略にせよ、大切なことは、「インバウンド型」、「マーケットアウト」に軸足を置くか、それとも「アウトバウンド型」、「マーケットイン」に軸足を置くかかという、入口における“経営者の意思”であり、これがあって初めて、「連携型」という仕組みの中で様々な情報を「和える」ことが出来るのだと思う。大学の講義の中でも、マーケティングを既存のフレームワークに当てはめること、と勘違いしている学生が少なくないが、マーケティングのフレームワークも、組織をつくることも、あくまでもツールや手段にしか過ぎない。マーケティングの世界において、これまで多くの「連携型」のプロジェクトが生まれては消え、ということを繰り返しているが、鳴り物入りでスタートした大型プロジェクトほど早晩行き詰ってしまうのは、結局は、入口における“経営者の意思”の問題なのだと思う。


人の心を「和える」ことが出来るのは、人しかいない
技術と言えば、IoTやAIなどのニュースを新聞や情報誌等のメディアで目にしない日はないが、技術はどこまで言っても未完全であり、マーケティングを含めて、全てを技術に依存することは出来ない。特に、移ろいやすく、繊細な人の心を扱うマーケティングの世界においては、情報のインプット(入口)とアウトプット(出口)のいずれか、もしくは両方において、必ず人の意思や覚悟、胆力が求められる局面があるはずだ。極めて繊細な「和える」という能力は、“人”しか持ち得ないものだと強く確信している。


見山  謙一郎  (みやま  けんいちろう)
事業構想大学院大学特任教授、多摩大学経営情報学部客員教授
株式会社フィールド・デザイン・ネットワークス代表取締役
大企業やベンチャー企業の新規事業創造や、次世代人財教育、起業家育成に注力中。

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