新しい時代の幕開け
F.ラルー『ティール組織』(英治出版)は2018年1月に発売後7万部を超える部数を発行し、全国で読書会が開催されるなどの草の根の広がり方も注目されています。また「HRアワード 2018」優秀賞、「ビジネス書大賞2019」経営者賞を獲得するなどビジネスパーソンが押さえておきたいキーワードになってきてもいます。
世界においても2014年に自費出版で発行された原著『Reinventing Organizations』はプロモーション活動を行っていないにも関わらず40万部を超え、様々な言語で翻訳がされています。
これらの広がりは日本社会に希望の灯をともし始めている反面、急速な広がりは表層的な理解や誤解を生み出しているのも事実です。「フラットな組織=ティール組織」という短絡的な理解から、急に階層構造を壊し、カオスとともに機能不全に陥った組織もあります。
またティール化するための3年計画を作り、機械的に計画を進めようとしたために組織内の反発や分断を招いた組織もあります。そこには大切にしたいいくつかの視点が抜け落ちているからと私は考えます。今回の文章ではティール組織の概論と共に、どのように日本においてティール組織のような組織を生み出していくのか。共に考えてみたいと思います。
誰も幸せになっていない、今の経済社会。
McKinsey & Companyを独立後、社長向けのコーチをしていたF.ラルー氏はクライアントと時間を過ごす中で企業とのトップも働く従業員も共に幸せになれていないこの経済社会に対する大きな違和感を持ち始めました。
あらゆる分野の文献をあたり、その問題の解決を探っていく中でF.ラルー氏は世界中に通底する時代ごとのメタファーがありそうだという仮説を持ちます。「戦略」という言葉に象徴される戦争のメタファー、「インプット」「アウトプット」という機械のメタファーそして、様々な分野の最先端で最近よく使われているメタファーが生命体ということを発見し、そこに新しい組織の在り方のヒントを見出しました。
F.ラルー氏はその後、口コミなどで「特に変わった経営」をしている組織の情報を集め、訪ねたそうです。そうすると、いくつか今までのやり方とはぜんぜん違うやり方の組織、しかも人が輝き、お客さんに愛され、経済循環も起こしている組織が世界中で発見されたことに驚きます。そのなかでいろいろな組織に共通するものを見つけて、まとめたのが『ティール組織』です。
組織の進化の歴史をたどる。ティール組織の登場。
F.ラルー氏は組織の歴史を原始から現在にいたるまで、7つの段階で説明しています。その中でも組織の原形が現れ始めたレッド組織からティール組織までの五段階を見ていきましょう。
1つ目のレッド組織は、恐怖で集団を動かす原始的な方法論であり、ギャングやマフィアのような組織です。短期志向であり、スラムや破綻国家といった非常時や敵対的な環境に適します。
2つ目のアンバー組織は、長期的視点と正式な階層をもつ組織でカトリック教会、軍隊、公立学校システムが例に挙げられます。指示命令系統や業務フロー等の発明があり、宗教団体や国家が発展しました。前例踏襲と秩序の維持を重視するため、変化や競争には向きません。
3つ目のオレンジ組織は、今日最も主流の組織、グローバル企業に代表されるイノベーション指向の組織ともいえます。現状を客観的に分析し、改善を行い、目標の達成に向けて働きます。科学的マネジメントの段階ともいわれ、その最大の発明が出世可能な実力主義であり、これにより飛躍的に生産性が高まりました。しかし出世から外れた人の温度差、幾層にも重なる承認プロセスによる経営スピードの劣化、スキル・機能といった機械の部品のように仕事に割り振られる中での虚無感などいくつか弊害も生まれています。
4つ目のグリーン組織は、非営利組織のように権限移譲と多数のステークホルダーの視点を特徴とする組織です。組織内で対話の場が多く、組織文化や関係性を重視することでメンバーのコミットメントが高い組織です。しかし多様な価値観を大事にすることで意思決定が長引いたり、完全にフラットではないため社長や役員とメンバー間での溝も生まれやすくなります。
そんな中、著者は前述には当てはまらない新しい組織の事例が世界に生まれていることを発見し、これをティール組織と名をつけたのです。しかもそれらの組織は結果としてオレンジやグリーンを凌駕する売り上げや成果をもたらしている事例も多々あるのです。
驚きの事例
地域看護師であるヨス・デ・ブロック氏が2006年に創業した非営利の在宅ケア組織「ビュートゾルフ」はティール組織を理解する上で非常に参考になる事例です。4人で始まったこの組織では現在、国内で10,000人以上の看護師・介護士らが活躍しています。この急成長の要因はどこにあるのでしょうか?
1990年代ごろから、オランダでは社会保障費が財政を逼迫し、在宅ケアの効率化・分業化が進みました。その結果、ケア行為は画一的かつ断片的になり、業界もより安いコストで質の低いケアを提供するようになります。利用者は毎回、ちがう看護師にいちいち自分の症状を伝えねばならず、看護師も目の前の「やらなければならないこと」に追われ、やりがいを見出せずに、離職する人が後を絶ちませんでした。
看護師がケアの全プロセスに責任をもち、その専門性を存分に発揮する場を作れば、コストは抑えたまま質の高いケアを提供できるのではないか。そういう思いから、ビュートゾルフは生まれました。
ビュートゾルフの凄さは、10,000人ものメンバーを抱えているのに、マネージャーやチームリーダーが一人もいないことです。バックオフィスに約40人、コーチが約15人いますが、彼らは、あくまで現場のサポート役であって、管理役ではありません。
現場では最大12人のチームメンバーで約40~60人の利用者をサポートしています。各チームは独立しており、利用者へのケア、看護・介護職の採用・教育、財務等すべてに、裁量と責任が与えられています。利用者中心の考え方のもと日々現場でユニークな支援メニューが展開されています。
オランダでは業界内でトップクラスの顧客満足度を誇り、従業員満足度ランキングでは業界を越えてNO.1に輝くなど、驚くような結果を残しているのです。
3つの特徴 ①自主経営
ティール組織の本の中には上記の組織以外にも様々な業種、人数規模でユニークな組織事例が紹介されています。ではここからはティール組織に共通する3つの特徴を見ていきたいと思います。F.ラルー氏は従来の階層的、官僚的な組織構造を手放し、権限が分配された、より力強く流動性の高い組織構造に移行していくことを提案しています。
それは人間の脳、群衆の鳥、森林などの生態系がそうであるように、そこには社長やマネージャー、リーダーというものがなく自律分散的に動く組織構造があるといいます。
組織構造が如実に表れてくるのが意思決定の方法です。従来の組織でよく使われている方法が①上長による決定(承認プロセス)、②コンセンサスなどの会議によって決定する方法などですが、ティール組織ではこれらの方法はほとんど使われません。
代わりとして比較的よく使われているのが「助言プロセス」というものです。組織内のだれもがどんな決定を行うことも可能で、はさみなどの備品の購入から、プロジェクトの予算、採用、場合によっては自身の給与まで決めることができる組織もあります。
その際、その意思決定の事項に関して①専門性の高い人物、あるいは②影響がありそうな人物にアドバイスを求め、それらを真摯に考慮はしなければいけないが自ら決めることができるのです。このことによって意思決定スピードが速まるだけでなく、その組織内に他責文化が激減し、エネルギッシュな職場に変化していきます。
上記の意志決定のやり方が機能するためにも、組織メンバーの信頼関係の構築、情報の透明化、存在目的の共有は欠かせない要素になってくるのです。
3つの特徴 ②全体性
人はそれぞれ仕事での私、母である私、趣味における私等、たくさんの「顔」を持っています。今日のビジネスにおいて仕事以外の顔を職場に持ち込むことは一般的ではありません。また仕事においては理性的・戦略的・合理的な部分が求められがちで、感情や直感そして精神性などは置き去りにされ、時には邪魔なものとして扱われるのではないでしょうか?
ティール組織では今まで置き去りにされていたそれらのことを非常に大切にしています。人が人としてのありのままを職場に持ち込めること。恐れや不安といった外発的なエネルギーで仕事をするのではなく、喜びや楽しさそして使命といった内発的なエネルギーを持って創造的に仕事に取り組むことを目指しているのです。その為に従来の組織で培われてきた、評価制度、給与、会議手法等様々仕組みに疑問を投げかけていきます。
ティール組織を具体的に見ていくと、その職場の空気に驚きを感じます。仕事が楽しくて仕方ないといった表情、それぞれが机などに自由にデコレーションを施す仕事環境、権威の象徴としての豪華な社長室、統一ブランドという名のもとの画一的な職場、個性を殺した制服やスーツなどとは目にしなくなります。
3つの特徴 ③存在目的
進化型組織において組織とは「自ら存在目的をもつ1つの生命体」と考えられています。「ティール組織」の著者であるF.ラルー氏は、いくつかの企業を観察する中で、中長期事業計画をもたない・目標を重視していないところが多いことに気がつきます。彼らは驚くほど社会の動きに柔軟に、事業内容及び組織を本当に必要な商品サービスを届けていたのです。
組織メンバー一人ひとりが「なぜ自分の組織はこの世に存在するのか?」「自分は何のために働くのか?」を常に探求し、変化を察知し、必要なサービスに向けて今ここのタイミングで行動できていることこそが存在目的の本質といえるでしょう。
その為には、一人ひとりが誰かの指示ではなく、業務や私生活において変化を感じ、探求し続ける姿勢が重要なのです。人を上司にするのではなく、存在目的を上司として一人ひとりが活動をしていきます。
日本においては可能なのか?
ティール組織は日本においては可能なのでしょうか?世界の中でも本の広がりのスピードは日本が飛びぬけています。多くの海外発の他の理論に対し、ティール組織の理論は東洋的な考え方も入っているからだと思います。F.ラルー氏がティール組織の理論を構築する上で活用したケン・ウィルバー氏のインテグラル理論はまさに西洋の発達理論と東洋の思想統合することにより生まれた理論です。
また元ソニー取締役の天外伺朗さんにティール組織のコンセプトを紹介したとき、昔のソニーこそまさにそういう文化だったとおっしゃられました。その後、西洋のマネジメント理論を導入していく中でその文化は崩れていったと言います。私自身は日本こそティール組織のモデルを生み出せる可能性に満ちていると考えています。
ここからは3つの特徴のそれぞれの観点から日本の組織において何から始めていけばよいかを考えていきます。
〇自主経営の視点から~階層構造を緩める
F.ラルー氏によるとティール組織は正解でもなく、目指すべきものでもありませんといいます。ティール組織を無理に目指すのではなく、健全なオレンジ組織やグリーン組織を作っていくのも一つの方法かもしれません。
まずは健全なオレンジを作っていくために、リーダーやマネージャーの役割を緩めていくというのも一つ方法かもしれません。オレンジ組織の最大の発明はマネージャーなどの管理職に「命令権限」と「結果責任」を付与したことにあります。
これによって安定的に経営をできる力を勝ち取った反面、現場周辺では厳しいマイクロマネジメント、人間性を無視したプレッシャー、政治ゲームなどがはびこる源泉となりました。現場で成果を出したプレイヤーが本当は望んでもいないのに、役職がつけば給料が上がる、権限が増えるために、向いていないマネジメントをやるケースも多くあります。
F.ラルー氏は組織には現場に直結する「専門的な役割」と俯瞰的に物事を見ることができる「幅の広い役割」の二つの役割があるとし、そこには優劣がないといいます。
管理職を指示命令する存在としてではなく、コーチやアドバイザー的な存在としておき、現場の方により権限を持たせた形で進めていくことで、組織の潜在性を引き出そうとしています。日本でも株式会社ネットプロテクションズがマネージャーを「カタリスト」という形でその名称と機能を変えていったのもこういったアプローチに近いといえるでしょう。
〇全体性の視点から~安心安全な職場をみんなの手で
職場の安心安全は人が本領発揮する上で非常に大事な概念です。ティール組織では仕事に直結するスキル・技能は研修では行わず、一人ひとりの権限で勝手に学んでいくような仕組みが多いですが、組織内でのコミュニケーション力、対立を乗り越えて関係性を結んでいく方法論は徹底的に教え込まれることが多い。
例えばNVC(非暴力コミュニケーション)などの方法論は日本でも広まっており、学ぶことで組織の人間関係はより良いものになっていくでしょう。まずグリーン組織のように組織内にある多様な声を出せる機会を作っていく事も大事なステップだと思われます。その上で同調圧力に負けない異端児も生まれうる組織環境を徐々に整備していくことも次に必要になってきます。
〇存在目的の視点から~一人ひとりが組織の未来を考えていく
大切なことは以上のような組織に関係することを従来の経営層にとどめておかないということです。現場に直面しているメンバーの叡智を活用し、一人ひとりが考えていく文化を作っていきましょう。その為に必要なことの一つは全員が考える仕組みを導入していくことです。
最近様々な組織で取り入れ始めているワールドカフェやオープンスペーステクノロジーなど、大人数でも話し合いをすることができるホールシステムアプローチと呼ばれる対話のアプローチがあります。そういったものを取り入れながら会社のビジョンや新商品のアイディアを考えていくのも一つかもしれません。
また、以前よりいっそう一人ひとりがなぜ働くのか?についてライフデザインをする機会を多く作っていく事をお勧めします。一人ひとりが自分の人生を真剣に考え、会社という組織をどのように使っていくかという視点で考えるのです。
会社に合わせるのではなく一人ひとりが自分事で会社と共鳴するように持っていくのです。そのことにより離職者などは増えるかもしれませんが、在籍する社員のエネルギーが上がるだけでなく、離職していく社員も新たな生態系として会社を発展させるキーマンになっていく可能性も生まれてきます。
最後に
今のティール組織における状況は馬車の時代に車が登場したようなもので、環境がまだ整ってない状況です。かならずしもティール組織になることが素晴らしいことではないでしょう。
同時に少しずつでもグリーン組織やティール組織が増えていく事で新しい世代の人達はそれらの組織を仕事場として選ぶようになるかもしれません。少しずつでも人が本当に輝く新しい組織に進化していく事が必要になっている時代といえるでしょう。
嘉村 賢州 (かむら けんしゅう)
1981年、兵庫県明石市生まれ。京都大学農学部を卒業後、IT企業で営業職を経験。2008年に組織づくりや街づくりの調査研究を行うNPO法人「場とつながりラボhome’s vi(ホームズビー)」(京都市)を立ち上げ、代表を務める。2018年4月、東京工業大リーダーシップ教育院の特任准教授に就任。