靴で世界を変えるAllbirds

(こちらの記事は、マーケティングホライズン2020年3月号『美しき開拓者』に記載された内容です。)


米シリコンバレー界隈でやたら目にするシューズブランド「Allbirds」。Googleの共同創業者Larry PageやTwitterの前CEOであるDick Costoloなどが、早くからのユーザーだ。ユーザーはセレブにも広がり、Allbirdsを愛用する俳優レオナルド・デカプリオは、エンジェルとして株主にまでなったという。

Allbirdsは、ペンシルベニア大学ウォートンMBAを2010年卒業のJoey Zwillingerとプロ・サッカー選手だったTim Brownが、 2015年にサンフランシスコで共同創業したブランドだ。「世界で最も快適なシューズ」とメディアに評され、かつ環境に優しい商品を、主にオンラインで直販し、急速にファンを獲得している。


そして、創業からわずか3年後の2018年10月、Allbirdsは$1.4B(1500億円超)の評価額でT. Rowe Price、Fidelity、Tiger Globalという米国東海岸の大型投資家から$50M(50数億円)を調達するまでに成長した。Allbirdsは、いったい何が違うのか? 新興の靴メーカーがユニコーンなった秘密は?


際立ったビジョンを重ね合わせる

「もっと快適な靴ができないのか」プロ・サッカー選手でニュージーランド代表メンバーにもなったTim Brownは、そんな問題意識を持っていた。Timは、選手引退後にThe London School of Economics and Political Scienceの修士で学び、2014年にキックスターターでニュージーランド・ウールを使ったスニーカーを提案したところ5日で$119,000(約1300万円)が集まり、期限前だが募集を打ち切ったほどの反響だった。


しかし、どう作るかはこれからだった。(ちなみに、日本で元スポーツ選手というとスポーツ一筋と思われがちだが、海外ではTimのようにMBAの教育を受けた元選手は数多く、例えば2018年のウォートンMBA卒にはNFLでオールスターにも選ばれた元花形選手のJustin Tuckがいる)。


そして、夫人同士がダートマス大学のルームメイトだった縁から、Tim BrownはJoey Zwillingerに相談にいく。MBA在学中から環境のためになる会社を作りたいと考えていたJoeyは、当時は藻から食用油や燃料、ポリウレタンなどを作るバイオ技術の会社でヴァイスプレジデントだった。


ビジョンがシンクロした二人は意気投合し、一ヶ月で30ページほどのビジネスプランを書き上げて起業し、2016年3月にニュージーランド産メリノウールを使った第一号商品「Wool Runners」を$95(1万円強)で世に送り出した。


ブランド名は、ニュージーランドにたどり着いた探検者が、哺乳類がいなくて鳥ばかりで、「It's all birds」と言ったことが由来で、Joeyがバードウォッチャーでもあり、Allbirdsに決まった。


独創的な商品とアグレッシブなブランディング

「Allbirdsは、環境を良くすることが会社の目的であり、ビジネスによって環境に寄与する」とJoeyは語る。商品はありそうでなかった独創的なものだ。超高級スーツに使われるメリノウールからファブリックを開発し、既存のスニーカーの設計を根本から見直した。大きなロゴやラインなどユーザーにとって関係ないものは取り払い、シンプルなデザインにした。こうして、素足で履ける、洗濯機で洗える、とても快適なシューズを開発した。


そして、購入後の体験を大切にした。ウェブ、パッケージ、電子メール、そして意味のあるコミュニケーションで共感を醸成し、ブランドのサポーターを獲得していった。


例えば、ウェブやパッケージには、自然と環境問題に密接につながった商品とブランドのメッセージが記されている。靴紐はペットボトルの再生品であり、靴の紙箱は90%再生紙だ。この1月23日にユーザーに配信された電子メールは「You Helped Us Become Carbon Neutral」と題し、二酸化炭素削減へのAllbirdsのコミットメントをアピールしている。


なお、筆者がオンラインで商品を購入した時、メンズの在庫がなかったが、普段履いている靴のサイズを問われ、それに応えるとレディースの特定サイズの商品を勧められ、それを買うとピッタリ、というユニークな体験をした。商品だけでなく購買体験も快適だと感じたものだ。


ウォートンのアントレプレナーシップ&イノベーション担当のカール・ウルリッヒ教授は、「How to Brand the Apple of Shoe Companies」(靴の会社版アップルのブランドをいかにつくるか・・・つまりAllbirdsは靴におけるアップルだと評している)と題した記事で、スタートアップにしてはブランドに大きく投資したことに驚いたと述べている。


Allbirdsは、ブランド、PR、プロダクトにはケチすること全く無しに投資した。初期の予算を、広告でなくPRに投じて、ブランドのストーリーがちゃんと伝わるよう、プロダクトが本物であると理解してもらえるよう、手を尽くした。その努力の結果、発売のその日のタイム誌に「世界で最も快適な靴」と評する記事が掲載されるなど注目を浴びたのである。


世界に打って出るAllbirds

調達した資金で、Allbirdsは海外市場に打って出る。2018年の時点でニュージーランドやオーストラリア、カナダにも展開して好調な結果を示した。オンライン販売中心のAllbirdsは、サンフランシスコとニューヨークに加え、2018年10月にロンドンに3店舗目を開いた。


2019年には、米国内に8店舗を持ち、中国に4店舗、そしてニュージーランドとドイツに各1店舗、とアクセルを踏み込んで展開している。そして、2020年1月には原宿に日本一号店をオープンした。


筆者もAllbirdsを愛用しているが、明らかに他のスニーカーと違う、新鮮な使用感の贅沢な商品に仕上がっている。また、ロゴがなくても、あっAllbirdsだとスグわかる見た目。コピー商品では示せない、「環境に優しい」というアイデンティティー。もはや物理的な製品にとどまらない、ユーザーである喜びを手に入れることができる。


例えば、とある経営者の方がAllbirdsを履いているのを見て、さりげなく話題をふってみると、「これAllbirdsだよ」と言って自らAllbirdsの魅力について語り出したということもあった。このように、他のユーザーやコミュニティとつながるAllbirdsならではの顧客体験は特筆される。


もちろん、Allbirdsぽいスニーカーは、増えている。しかし、Allbirds足り得ないのだ。Allbirdsから学べることは、長きにわたり多くの企業が取り組んできた分野でもイノベーションは起こせること、そしてフロンティアを切り拓くには新たなビジョンでアイデンティティーを際立たせることだ。


これはいまの多くの日本企業が不得手なことかもしれないが、日本人が、日本文化が、こうしたことができなかったわけではない。高度成長期以降のごく短期間の行き詰まりなだけと思いたい。

クリックして拡大


掲載画像提供:
https://www.allbirds.com/pages/pressより



本荘  修二  (ほんじょう  しゅうじ)
本荘事務所 代表/多摩大学大学院経営情報学研究科(MBA)客員教授
新事業を中心に、イノベーションやマーケティングなどの経営コンサルティングを手掛ける。日米の大企業、ベンチャー企業、投資会社などのアドバイザーや社外役員を務める。500 Startups、始動ネクストイノベーター、福岡県他のメンターを務め、起業家育成、 コミュニティづくりに取り組む。

このアイテムを評価
(0 件の投票)
コメントするにはログインしてください。
トップに戻る