見過ごされるイノベーションの鍵、知性×感性

(こちらの記事は、マーケティングホライズン2020年1月号『美意識』に記載された内容です。)


企業が成功し成熟すると、一定の形ができてくる。それは、社風であり、ビジネスプロセスであり、様々な要素が絡み合ったもの。「様式美」という言葉があるが、やがて特定の形が定着する。しかし、形にとらわれた様式美を踏襲していては、企業は繁栄を続けられない。

ところで人はなぜ肩が凝るのか?一定の姿勢を続けるからだ。赤ちゃんや小さい子は肩が凝らないが、それはムダな動きをするからだ。


企業の規模を問わず、社歴を重ねると、肩が凝ったような組織が増える。柔軟性は失われ、血流はよどみ、化粧を工夫して外見をとりつくろっても、もはやイキイキしてはいない。
 マッサージに通うようにコンサルタントを雇ってみても、一時的に気持ちよくなるだろうが、習慣が変わらなければ元に戻ってしまう。様式美にはかなっていても、これは美しくない。


イノベーションを目指すには

いまイノベーションが企業に求められているが、静でなく動、さらにはカオスが必須となる。従来の形ではなく、ともするとムダな動きに見える遊びのような活動が結果をもたらす。


しかし、ここでも形にとらわれる企業が多い。コワーキングやデザイン志向のオフィススペース開設や、ピッチイベントやハッカソンの開催など、オープンイノベーションのための取り組みをする大企業は増加の一途。これを狙った業者も続々と現れているが、意味が薄いとか、踊らされている、といった辛口の声もよく聞かれる。


「Facebook買ってこい!」と部下に言った社長もいたそうだが、そこまででなくとも、とにかくIoTやれ!ウチもAIだ!という号令をかける経営トップは驚くほど多い。これはタダの混沌を生むだけで、結果にはたどり着けない。


では、イノベーションを目指すには、どうすればよいか?即答できるような単純な問いではないが、本号のテーマである「美意識」的な視点からいくつかポイントをあげてみたい。


新たな視点をもたらす感性

コレだ!と気がつかなければ、イノベーションは起こらない。着想やその具体化にあたり、感性が左右する。例えば、優れたメンバーを揃えたスタートアップが、どうして?と思うようなテーマに取り組んでいる例にしばしば出会う。これは悲劇だ。なぜそうなるのか?こうしたセンスを磨く方法はないのか?


先に小さい子の例を挙げたが、まず自由な好奇心が大切だ。これが削げ落ちた組織人を多く知っているが、様式に縛られていては、イノベーションは生まれない。代謝が高くて血行がよくなければ、現在を超えるアイデアは出てこない。


もっとも、天からアイデアが降ってくるわけではない。インプットや実験・試行錯誤がなければ、よい着想や発見は得られず、アイデアも空想の域を出ず、ブレークスルーにはなかなかつながらない。努力なしでは難しい。


とはいえ、いくらインプットしても月並みな案しか出せない人は多い。そうか!というアイデアを出し、それを具現化しようとアクセルを踏む人は、普通の人とは異なる世界観を持っている。だから、新たな視点で革新を起こせるのだ。


「私の履歴書」や「カンブリア宮殿」で、他の全員が反対する中で改革や新事業で成功をおさめた例がよく出てくるが、普通の人は過去に縛られ月並みな視点しかないから、イノベーションの意味がすぐには分からない。


イノベーションは、血と汗の結晶とも言われるが、全体のストーリーを見れば、美しきカオスからの創造、と表現してもいいかもしれない。


「無知の知」と知の力

イノベーションは、新たなことに取り組む。それは不確実で、分かっていないことだらけだが、これを腹の底からは理解している組織人はわずかだ。そして、既存事業への取り組みとは大きく異なる新事業などのイノベーションに、いつもの発想や文化、プロセスのまま対峙しがちだ。


言い換えれば、「無知の知」に気がついていない、あるいは気にしていない(世間の知者が、知らないのに知っていると思っているが、ソクラテスは、知らないからそのとおり知らないと思っている、という話はご存知でしょう)。


だから、「知らないこと」の学びが足りず、「日本大企業のオープンイノベーションごっこ」と批判されたり、同様の過ちを多くの企業が繰り返している。また、個別のプロジェクト実行にあたり、思い込みのまま走ってしまいがち。仮説の検証を重視せずに実行しようとすることの何と多いことか。


なお、特に日本では、いまだにオー!モーレツ的にベンチャーには取り組めと言う風潮が強いが、いまどき発展途上国でももっと知の力を活用している。


リーン・スタートアップに代表される方法論を学び、できるだけ科学的に新事業やイノベーションに取り組むのが常識化しているが、日本では気合はあってもディシプリンが欠けている例がよく見られる。知が欠けた取り組みは、カッコ悪い。日本企業の行動がシリコンバレーで呆れられたりするわけだ。


知性×感性からなる美意識

ビジネス、特にイノベーションにおける美意識は、知性と感性の両方が鍵であり、二つの掛け算からなる。しばしば、イノベーションの成功を、泥臭い努力や根性、あるいは「プロジェクトX」のような人間ドラマで説明しようとしがちだが、それだけで上手く行くなら、叱咤激励すればよい。しかし、そうは行かない。


また、青色発光ダイオードなどサイエンスの賜物でも、知性一辺倒ではなしえない。理屈だけなら諦めるのが常識的な判断のところを、異なる視点で挑んだ結果だ。


ちなみに、人間の行動は5%しか論理的でないという。その人間が不確実なイノベーションに挑むとなると、カオスは必然。逆に、それゆえに革新が起こるとも言えよう。


しかし、ただの混沌か、ポテンシャルを孕むカオスか、それを分けるのは、知性×感性からなる美しさではなかろうか。これがあれば、ウチもAIだ!といった号令に代わる、未来につながる意味のある展望を示せるだろう。

 

本荘 修二 (ほんじょう しゅうじ)
本荘事務所 代表/多摩大学大学院経営情報学研究科(MBA)客員教授
新事業を中心に、イノベーションやマーケティングなどの経営コンサルティングを手掛ける。日米の大企業、ベンチャー企業、投資会社などのアドバイザーや社外役員を務める。
500 Startups、始動ネクストイノベーター、福岡県他のメンターを務め、起業家育成、 コミュニティづくりに取り組む。

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