映画、ドラマ、CMを 「音楽」で支える

(こちらの記事は、マーケティングホライズン2019年9月号『支える 裏方に徹するプロフェッショナル』に記載された内容です。)


蛭子 今回のテーマは「支える」です。岩本さんはこれまでに数々の映像作品の音楽を担当されていらっしゃいますが、最近では資生堂のスキンケア商品のCM音楽やユニバーサル・スタジオ・ジャパンのアトラクション『ゴジラ対エヴァンゲリオン・ザ・リアル 4-D』の劇判音楽などがあります。楽曲はピアノのやわらかいイメージのものからベース音が鳴り響く躍動感のあるものまで多岐に渡っていますが、音楽家として映像を「支える」ことについて、是非お聞かせいただければと思います。はじめに、現在のお仕事内容を詳しく教えていただけますか。

岩本 現在担当しているのは、大きく分けて「映画・ドラマ・CM」の3種類です。大まかな仕事の流れとしては、制作会社や監督から制作依頼を受けたら、まずは作品イメージを打ち合わせてデモ音楽を作曲します。それを元に、何回か擦り合わせをして修正し、実際のオーケストラや演奏者に曲を弾いてもらってレコーディングし、完成版を納品します。作曲は主に、MIDIキーボードと呼ばれるPCに繋がっている鍵盤でしています。イメージとしては、PCの中に無数の楽器があり、例えばピアノ・ドラム・ギター・パーカッションなどの音を全て1人で打ち込んで曲を作ります。それを楽譜に落とし込み、最終的には本物の演奏者に弾いてもらいます。


蛭子 PC上といえども全ての楽器を1人で演奏して作曲するのは超人的な能力ですね。そもそも音楽を始められたきっかけはどんなことだったのでしょうか。


岩本 実は小学校から中学1年までサッカー漬けな毎日でした。しかし、中学2年にあがる春休みに、コーチとの方向性の違いで部活をやめました。すると、それを聞きつけた音楽の先生が家に電話をかけてきて「明日から暇だろうし、ブラスアンサンブル部に来なさい。君はリコーダーもうまいし、とにかく来なさい」と勧誘してくれました。中高一貫の男子校だったのですが、吹奏楽部がなく、その代わりブラスアンサンブル部というビックバンドスタイルのジャズを演奏する部活がありました。イメージとしては映画『スイングガールズ』の男版です。そして言われるがままに入部したのですが、サックス・トランペット・ドラムなどの人気な楽器は既に埋まっていて、唯一空いているのはギターでした。リコーダーが上手いからと呼ばれたのにギターをやるというまさかの展開でした。


蛭子 どんな心境だったのですか?


岩本 たまたま家にギターが一本あったので、それを持ってとりあえず練習に行くことにしました。当時はそんなに楽器が好きというわけではなく、他の人よりもブランクがあったので、まずは楽器を弾けるようになりたい気持ちの一心でしたね。


蛭子 音楽の先生の才能を見抜く力が素晴らしいですね。


岩本 今思えば、ですが、音楽の授業中にある程度いけそうな人を探しては勧誘するという戦法の先生だったのだと思います(笑)それが今の仕事に繋がっているのはとても感慨深いし、私を音楽に導いてくれた先生には本当に感謝しています。部活の先輩の中にはプロミュージシャンも多く、日本人ではじめてブルーノート・レコードからデビューした黒田卓也さん*1もいらっしゃいます。高校生ながらに将来はプロになるぞ!と真剣に考えていました。


蛭子 卒業後すぐにプロの道を歩まれたのですか。


岩本 そんな気持ちもあったのですが、当時はライブドア等を筆頭に、投資と買収によるITバブルが起きていたので、いつか会社経営をしてみたいという気持ちが先行して大学の経営学部に進学しました。大学卒業後は事業経営を学ぶために総合商社へ就職し、海外駐在をしたりと、とても面白い仕事をさせてもらいました。一方で2011年頃、友人がトラックメイキングをし始めたのをきっかけに自分も機材を購入し、PCを使った作曲を始めました。そんな時、友人づてにある写真家の方のための映像音楽制作を依頼され、その作品がきっかけで今の仕事仲間でもある映画監督の藤井道人さん*2達との出会いなどに繋がったんです。その後徐々に活動の幅も広がり、2018年に会社を辞めて音楽家としての道を歩み始めました。


「映像が一番」と言い切る潔さ

蛭子 学生時代から思い描いていたプロの道にいよいよ進まれたわけですが、映像音楽の制作をされる上で大切にしていることはなんでしょうか。


岩本 映像音楽の場合は、ジャンル問わず、映像を引き立てることを一番に考えています。音楽を目立たせた方がよければそうしますが、控えめでいったほうがよければ引く。例えばセリフが多いシーンで、やけにピアノの音が目立ったらセリフが頭に入ってきませんよね。クライアントワークでオリジナリティーを出そうとすると、どうしても悪い意味で音楽が目立ってしまう。もともと目立ちたがり屋なんですが(笑)そこは排除して作品作りをします。


蛭子 もともと目立ちたがり屋なのに排除するとはすごく潔いですね。どう切り替えていらっしゃるのですか。


岩本 「音楽作品」ではなくて、「映像作品」を作っていることを意識しています。映像音楽を作る時は、自分のオリジナリティーは一切考えておらず、映像が最高の形で見てもらえるように制作しています。意識せずとも自分のオリジナリティーはどうしても入ってしまっていると思いますが。


蛭子 まさに映像を支えていらっしゃるのだなと感じました。映像が一番に引き立つようにするためのこだわりはあるのでしょうか。


岩本 作品イメージをとことん擦り合わせることも大切ですが、私は「依頼主自身」の話を深く聞くようにしています。私の仕事の場合、依頼主は監督であることが多いのですが、仕事以外のことを話すことが実は大事なんじゃないかと思うのです。どこに生まれて、言語は何で、どういう芸術を見て聞いて育って、普段何を食べて、何が好きなのか。そういうことを知っていると知らないとでは、仕事の話をした時も行き着く先の距離とか深みが違うと感じています。そのため、監督と音楽家はセットになることが多くて、恋人のような関係ですね。世界的な作品を例に挙げるとすると、スティーヴン・スピルバーグ監督の『ジョーズ』『E.T.』『インディ・ジョーンズ』『ジュラシック・パーク』など、これらは全部同じジョン・ウィリアムズ*3という音楽家が作曲しています。彼はスティーヴン・スピルバーグ監督作品の他にもジョージ・ルーカス監督のスターウォーズシリーズなど数々の名だたる作品を手がけていることで有名です。


蛭子 すごい。鳥肌が立ちました(笑)監督と音楽家は描いている情景を共有しているのですね。


岩本 『ジョーズ』はほとんどの人があの音楽!(紙面なので音は流せませんが)と思い出せるくらい映像と音楽がリンクしていますよね。あの音楽がなければただイルカがきたんじゃないか?と思ってしまうかもしれません(笑)


支える醍醐味

蛭子 音楽が映像を引き立てている最たる例ですね。最後の質問となりますが、音楽家として映像を「支える」醍醐味はなんでしょうか。


岩本 今や映像と音楽は切り離せないものになっていると思います。作品作りをしている時は、作曲しながら自分が感動して鳥肌が立つくらいじゃないと、他人の心は絶対動かないし、感動させられないなと思っています。かつ、映像には監督もいれば出演者、カメラマン、照明、録音など多くの人が関わっていて、一つの作品は全員の小さなクリエティビティーの積み重ねで初めて完成します。監督がそれを総指揮していますが、みんなで一つのものを作り上げる喜びは格別。自分も普段一人で考えている時とは違うアイディアが出たりする。色んな持ち場の人がそれぞれの役割を果たして、自分も自分に与えられた役割を最大限果たして、その作品が見る人の感動を生み出すことができれば嬉しいですね。


蛭子 一人ひとりのクリエティビティーの積み重ねが大きな支えとなり、映像を最高の形に昇華させているのですね。本日は貴重なお話をありがとうございました。

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【注釈】
*1黒田 卓也:兵庫県出身のジャズトランペット奏者。 ニューヨーク・ブルックリン在住。2014年に日本人として初めてブルーノート・レコードと契約した。2016年4月から「報道ステーション」(テレビ朝日)の新テーマ曲「Starting Five」の演奏をJ-Squadのメンバーとして担当。

*2藤井 道人:東京都出身の映像作家、映画監督、脚本家。BABEL LABELを映像作家の志真健太郎と共に設立。日本大学芸術学部映画学科脚本コース卒業。脚本家の青木研次に師事。伊坂幸太郎原作『オー!ファーザー』でデビュー。

*3ジョン・ウィリアムズ:ハリウッドを代表する映画作曲家の一人。米ニューヨークのクイーンズ出身。ニューヨークでナイトクラブのジャズピアニストとして働いた後、1950年代中頃のハリウッドで映画音楽のキャリアをスタート。スティーヴン・スピルバーグ監督とは長年コラボし、誰もが知るテーマ曲の数々を生み出した。


岩本  裕司  (いわもと  ゆうじ)
音楽家。1986 年、兵庫県出身。12 歳からジャズギターを始め、中・高・大学を通してジャズビッグバンドに所属。18 歳から神戸や大阪のジャズ・クラブでの演奏活動を開始。2011年からアナログ楽器とコンピュータを使用した音楽制作を本格的に開始し、オリジナル曲制作の傍ら映画、ドラマ、CM 等への音楽提供を開始する。2013 年11月、北海道・美瑛の四季から インスピレーションを受けたアルバム『turns』を発表し、iTunes のイージーリスニングアルバム週間チャートにて第1位にランクイン。
近年では、映画『青の帰り道』やドラマ『日本ボロ宿紀行』、第1回WOWOW新人シナリオ大賞受賞作ドラマW『今日、帰ります。』などの音楽を担当する。

インタビュアー: 蛭子  彩華  (えびす  あやか)
一般社団法人TEKITO DESIGN Lab 代表理事
クリエイティブデザイナー/ライター
群馬県前橋市出身。立教大学社会学部に在学中、次世代人財塾 適十塾に第1期生として入塾。卒業後はIT企業に入社。2015年、夫の南米チリ駐在に帯同し、そこでデザイナー・ライター活動を開始する。翌年、適十塾の活動をさらにスケールアウトさせるべく法人設立。「現代の社会課題を、デザインとビジネスの循環の仕組みで解決すること」を軸に、事業を展開している。

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